RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 拝啓、500年前の君へ

「って事は、お前は500年も前からずっとこの世を彷徨っていたのか?」

留三郎は驚いて口に運んでいる途中の珈琲をテーブルに戻した。テーブルの上には有り合わせで作ったサラダとトーストと珈琲がのっている。目の前の青年は珍しい物を見る目で朝食に手を付けながら留三郎の質問に答えていた。

「500年って…随分気の遠くなるような時間だな」

留三郎の呟きに「実際過ぎてみればあっという間だったぞ」と小平太は笑う。それから留三郎の質問と、それに対する小平太の返答が次々と交わされた。

青年は名を七松小平太という。今から500年ほど昔、室町時代後半の日本を生きていたそうだ。生まれは聞いたが今の日本地図ではよく分からなかった。
戦国時代に今でいう専門学校があったなんてどうも信じられないが、彼はプロの忍びを養成する忍術学園という所に六年間在籍し、その後は戦忍びとして近畿を中心に走り回っていたそうだ。

「で、その忍術学園があった場所が今の京都府亀岡市稗田野町。湯の花温泉辺りの山というわけか」

「そうらしいな」

まるで他人事のように小平太が答えて笑う。話をして間もないが、性格は充分分かった気がする。こいつは細かいことは気にしない豪快な奴だ。幽霊だった時も不思議と怖く感じなかったのは、この明るい性格のせいか。だが、長い間この世を彷徨っていたということは、何か死んでも死にきれない未練があったに違いない。
それを早く解放して成仏させてやらなければと思った。

「なあ。不謹慎なことを聞くがお前はどうやって死んだんだ?なぜあの神社にいた?」

質問を投げかけると一瞬だが小平太の表情が強張った。少し気まずい空気になったが、すぐに小平太は笑顔に戻り「戦場で死んだ」と笑った。
小平太が亡くなったのは武庫郡湖江庄のそば、今でいう尼崎市潮江あたりだという。潮江町は戦国時代、しばしば戦乱の地になっていたようで、小平太が戦忍びとして参戦した時も炎と煙と血の臭いが充満していて、雄叫びを上げる者や死に物狂いで喚く者の悲鳴が絶えなかったという。聞いているだけでも気持ち悪い。留三郎が想像するのはまさにこの世であってこの世でない地獄絵図だった。

留三郎の表情をいち早く察知した小平太は、それ以上合戦については触れなかった。

「気付いたら葭原村のあの神社にいた」

小平太が言っているのは七本松八幡宮、今でいう七松町の七松八幡神社だ。未練を残して死んだ者は、命を絶った場所や特別想い入れのある場所から離れられないとよく聞く。
だが、聞く限りではその神社で死んだわけでも特に想い入れがあるわけでもないのに『気付いたら其処にいて』ずっと離れられなかったのは不思議だ。そして、境内で留三郎に出会った途端、今までの呪縛が嘘のように神社から出られたのもどうもおかしい。

(もしかして、俺と出会うのをずっと待っていた?)

そんな訳ないかと内心苦笑しながら、今度は中在家長次のことも聞いてみた。

「長次か!長次なぁ…懐かしいな」

あいつ全然変わってなかったなぁと満面の笑みで話題に乗り出してきた。
やはりこの二人は遠い昔に面識があったようだ。だったら俺の元にではなく、長次の元へ憑けば良かったのでは…。
「長次も伊作も留三郎もかけがえのない仲間だった」と小平太が呟いた。

小平太の話によると留三郎たちは忍術学園での六年間、共に寝食苦楽を共にしてきたという。
留三郎と伊作、長次と小平太と同室は決められていたが、せまい部屋に無理やり皆で集まって騒いだ夜も少なくなかったそうだ。

「伊作は不運だったが自分の幸運よりも他人の幸運に生きがいを感じていたな。あいつは立派な金瘡医でさ、最初は戦場を駆け回っていたがすぐに落ち着いて町医者になったよ。何も聞いてはいないが長生きしたんじゃないかな。長次は特定の主君をもたず、渡り突破になって諸国を巡ったっけ。読書やボーロ作りや朝顔の栽培が好きでさ、よく細かい作業を飽きもせずにやっていた」

そう言いながら小平太は部屋の隅のヒマワリに目を向ける。
そういえば長次がこの花を置いていったとき「あいつは明るい奴だった」と言っていたのを思い出した。なるほど、目の前の青年は本当にヒマワリがよく似合う笑顔だ。本当に忍者だったのか?本当に死体だらけの戦場を走ったのか?そんな悲惨な時代を本当に生きていたのか疑うほどに。

「でな、怪我をしてはよく伊作に説教をされた」

「俺は…?」

「ん?」

笑いながら言う小平太に、実はずっと気になっていた疑問をぶつけた。

「お前が生きていた頃の俺はどんな奴だった?お前にとって俺に似た奴はどんな存在だった?」

「………」

小平太は笑顔のままだがすぐには答えなかった。まるで自分に似た奴に嫉妬をしているようで内心居心地が悪かった。
柔く訂正しようと留三郎が口を開く前に小平太が答えた。

「食満留三郎はかけがえのない大事な仲間たった」

思わず息を飲んだ。小平太の表情は笑顔というよりも何か大切なものを見守るような優しい表情だった。童顔だと思っていたが、ふいにこんな大人びた表情もするのだなと。

「留三郎は戦うのが大好きな武闘派でな、よく文次郎って奴と喧嘩をしていた。でも手先が器用で後輩の面倒見もよくてな、今と変わらず優しかったぞ。今と同じように顔見立ちも良くてな、くノ一や町の娘にも人気があったな」

小平太の発言に思わず赤面した。が、ひとつ気になることがある。

「文次郎って、潮江文次郎のことか?」

「お!?この時代でも文次郎がいるのか?」

「ああ、お前が言ってる奴かは知らないが、いつも仙蔵っていう奴の尻に敷かれてるよ」

「立花仙蔵か!あいつら相変わらずだなぁ」

たぶん留三郎と小平太が言っているのは同一人物で間違いない。今の時代でも留三郎と文次郎は『犬も猿も一緒にするなと嫌がる犬猿の仲』と言われている。まさか前世でも変わらぬ仲だったなんて想像するだけでも気持ち悪い。
そこは忘れてしまおう。

「俺はどんな最期を迎えたんだろうな」

最期に何を見て、何を思って、自分の人生を絶ったのだろう。言うつもりはなかったが、気付けば思わず口に出していた。
小平太は一瞬悲しそうな表情になったがすぐに笑顔に戻り「留三郎のことだから最期まで大切な人を守る優しい奴だったんじゃないかな」と笑った。

小平太が小さく「また皆に会いたいなぁ」と呟いたのを聞き逃さず「皆の都合が合えば会わせてやるよ。俺を含めて記憶があるかは保証できないが」と言うと「本当か!?」と喜びながら全身で抱き着いてそのまま床に押し倒された。こいつなりの嬉しい時の行動なのだろうが硬い床にぶつかって背中が痛い。たぶん小平太が犬だったら尻尾を振っているレベルだろう。
留三郎は痛む背中を我慢して小平太の頭を撫でながら「みんなの都合もあるんだから期待はするなよ」と笑った。


食器を片付けて小平太を連れて近くの古着屋へと向かう。
小平太はこの時代のファッションは分からないというのでどうしても留三郎の好みになってしまう。好みというよりも予算の都合だが。もちろん一着だけでは足りないので数日分の普段着、留三郎の靴もサイズが合わず、店に行く途中まで何度も転びかけたから小平太に合わせたサイズの靴も他店で一足購入した。
寝間着は、家の中でまでサイズを気にすることはないから兼用で良いだろうと買わなかった。
中古屋ではあるが一式そろえると結構な額になる。今後は食費も倍になるし仕送りとバイトの給料でやっていけるだろうかと会計時に財布の中身をみて小さくため息を吐く留三郎を小平太は見逃さなかった。

⇒next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -