RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 星に願いを

夕食の準備もそこそこに留三郎はヒマワリの鉢が入ったレジ袋を部屋へと提げた。部屋では青年が不思議そうに留三郎の手元を見つめる。

「これ。長次からお前に」

そう言いながら袋から鉢を取り出し青年にではなく、テレビ台の隅に置く。東側ではあるが此処ならカーテンを開ければ日中は太陽の光を燦々と浴びることが出来るだろう。
普段イメージするヒマワリよりも小柄だがそれでも綺麗な花が咲き始めている。
青年は物珍しそうに、幽霊とは思えないほど明るい笑顔で花を眺めていた。

ヒマワリが好きなのだろうか?

「なあ」

留三郎の呼びかけに青年は視線を花から留三郎に向ける。

「お前、どうしてあの神社にいたんだ?どうして俺に着いて来た?霊がいつまでもこの世で彷徨っているのはよくないと思うが、この世に未練があって成仏出来ないのか?長次、さっきの長身で茶髪のやつがお前のことだろうか?『良い奴だった』と言っていた。お前は俺達のことを知ってるのか?」

声が出せない幽霊に質問攻撃もいいところだ。問い詰めた所で答えが出るはずもない。だが、どうしても聞かずにはいられなくてつい口が開いてしまった。

青年は少し寂しそうな表情で目を逸らしてしまい、今更ながらしまったと後悔した。
話せない幽霊を残してこのままキッチンに行くのも逃げ出すようで戸惑ってしまう。気まずい空気が流れる。

ふいに青年が口を開いた。だが、その言葉らしきものは文字通り空(くう)に消え、留三郎の耳に届くことはなかった。

「今の言葉は忘れてくれ。別に俺はお前が迷惑って訳じゃないんだ。お前がここにいたいなら好きなだけいれば良い。寧ろ一人よりも二人の方が寂しくないだろ?」

青年は微笑しながら小さく頷くと留三郎の方へゆっくり進み抱きついた。
実際には通り抜けるだけで抱きついてはいないのだが、青年の温もりという名の冷寒を感じる。
生前は柔らかい皮膚を持っていてその中には生命の証拠である温かい血が流れる一人の人間だったのだろう。
もしこの青年に触れることが出来たなら…留三郎はそう思いながら幽霊を抱きしめるように冷たい空気に手を伸ばした。

触れたいのに触れないもどかしさ、二人を隔てる見えない壁に内心溜め息をついた。



******



狭いながらも一人暮らしではちょうど良い3点ユニットバスから出ると留三郎は寝間着代わりのゆるいTシャツにステテコ姿でのぼせた身体を冷まそうとベランダへと出た。
後ろには青年がいたが、そういえば青年はこのアパートに来てから一度も外に出ようとしない。ベランダに出る様子もなく部屋の中から留三郎を見つめていた。

ベランダの柵に凭れかかり夜空を見上げると都会にしては珍しく星が輝いていた。
満点の星というほどでも無いが、それでも光り輝く明るい星、僅かながらに光を反射して小さく存在する星、レグルスやスピカの姿もあり、地上に負けじと光っていた。

ふっと目を細めると僅かに天空を横切るように一つの星がスーッと流れた。
こんな都会でも流れ星が見えるのかと感心すると同時に迷信だと分かっていながら願い事をし忘れてしまい少し勿体無い気がした。


もしも願いが叶うなら――…

「一度で良いからあいつの声を聞いてみたい…」

どんな声で喋るのだろうか?
どんな口調で喋るのだろうか?


願ったところで叶いはしないと知りつつ、流れ星のない星空を見上げながら小さく呟いた。獅子座の心臓部に位置するレグルスが一際明るく輝いた気がした。


小さな独り言がまさか現実のものになるだなんて、この時の留三郎には予想もつかなかった。


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