RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 花束を君に

――翌日。

約束通り、留三郎はいつもより早く帰って来た。
大学の友人を連れて。

「言っとくけど、ウチすっげえ狭いから」

「はいはい。その台詞は何度も聞いたよ。別に気にする事ないじゃん。学生一人暮らしのアパートなんて広い方が珍しいよ」

玄関の外から騒がしい声が聞こえると同時にドアノブのガチャガチャと響く音がする。
そしていつも通りの優しい声が小さな空間に響く。

「ただいま」

「一人暮らしなのに、ちゃんとただいまって言うんだ。留三郎ってば育ちがいいね」

「うるさい。癖なんだよっ」

玄関の方をじっと見ると、この家の主の後ろにニ人の気配を青年は感じた。
きっと留三郎と特別仲が良いのだろう。
留三郎の後ろに隠れていて、青年からはよく見えなかったが、からかってる様子を見るとなんとなく分かる。

部屋に入った留三郎は青年と目が合うと一瞬優しい笑顔を交わした。

「お邪魔します〜」

「……お邪魔します」

靴を脱いで家に上がった友人という奴らが、まっすぐ部屋に向かう。そこで改めて青年は留三郎の友人を見ると、丸い瞳を更にまんまるく広げて凝視した。
まるで信じられないものを目の当たりにしているような表情だった。



「伊作も長次もそこら辺に適当に座って良いから」

言いながら留三郎は玄関兼キッチンへと姿を消す。
伊作は「お構いなく〜」と言いながら、青年が座っていたベットとテーブルの間の空間に座る。青年は慌ててベットの上に避難した。

「なんかここ、少し寒い気がする」

伊作は何気なく言ったつもりなのだろうが、それを聞いた青年と留三郎は気が気ではなかった。

「伊作、お前風邪でも引いたんじゃないのか」

留三郎は必死に笑いながら小さなテーブルに三人分のコーラを置いた。

「え〜、体調管理には充分気を付けてるんだけどな。今日だって大学に行く途中、洗車をするおじさんに誤ってホースの水をかけられたけど偶然タオルも着替えの服も持ってて大学ですぐに着替えられたし幸運だったよ」

「濡れたのかよ!!というか何でそれが幸運なんだよ!!」

伊作の不運にツッコむ留三郎の会話を青年は大人しく、静かな笑顔で見ていた。

「そういえば長次、お前が読みたがってた本ってこれで良かったか?」

「…ああ、それだ。ありがとう、暫く借りて行く」

「別にいつでも良いよ」

留三郎から一冊のぶ厚い本を受け取ったもう一人の友人、長次は本をそのまま鞄に入れた。

それからは他愛無い会話が部屋中に響く。
大学のこと、高校や中学の頃の話、故郷の話、大多数を占めるのは趣味の話と日常のくだらない話題だった。
伊作は生まれも育ちも東京で、今も実家に住んでいるらしい。
対して長次は地方出身らしい。大学進学を期に留三郎と同じように上京したそうだ。

「…やはり東京は良い。何処に行っても本屋があるし、図書館も種類豊富な本が所狭しと並んでいる。ただ、これだけがどうしても見つからなかった」

きっと留三郎に借りた本のことを言っているのだろう。
大学では余り喋らない長次が、今日はよく喋る。
部屋が狭いから小さい声もいつも以上に響いてそう思うだけだろうか。

「…そういえば留三郎」

ふいに長次が問う。

「…お前は本当に一人暮らしなのか?」

そう言った長次は一瞬だったが、ベットの上で膝をかかえる青年を見た。
青年は三人の話をずっと静かに聞いていた。
話している話題の殆どが、青年の生きていたであろう時代では理解できない言葉ばかりだったが、それでも三人が楽しく会話している姿を見るのが楽しかった。
そんな中で長次が意味深げな言葉を放ち、青年の瞳をじっと見つめる。

青年は喋らない、いや喋れない。
留三郎もどう言えば良いのか分からず固まっていると「なになに、留三郎ってば女の子を連れ込んでんの?」と伊作がからかい、その話は終いになった。


あっという間に時間が過ぎて外は暗くなった。
伊作と長次をアパート前まで見送った留三郎は、青年に軽く声をかけるとキッチンへこもった。
いつもはコンビニ弁当で済ますのだが、今日は自炊をするのだろう。

青年は先程まで伊作が座っていた定位置に戻るといまだ僅かに温もりが残る床に笑みがこぼれた。

20分ほど経った頃だろうか。
ふいに室内にインターホンが鳴り響く。
日もとうに暮れて暗い、こんな時間に来客なんて珍しい。
伊作が忘れ物でもして、引き返したのだろうかと思いながら留三郎は特に用心もせず扉を開くと、そこに立っていたのは意外にも長次だった。

「どうした長次?忘れ物でもしたのか?」

「いや、これを」

言われて長次が差し出す物を見ると、それは小さな鉢植えに咲いた小さなヒマワリだった。帰りの花屋で買ったのだろうか。なんのラッピングもしないで、代わりに申し訳程度にレジ袋に入っている。手提げ部分を持たずにレジ袋ごと鉢植えの底を両手で持つ姿はいかにも長次らしかった。

「ヒマワリ?どうしてこれを」

「…まだ夏には早いが、これをお前の同居人に。あいつは明るい奴だったから」

「え…」

言うと長次は半端強引に留三郎にヒマワリを渡し、すぐに帰って行った。

やはり長次にはあの幽霊が見えていたのか。
だが、長次の先ほどの言葉。

『あいつは"明るい奴だった"?』

留三郎の脳内に長次の言葉が響いた。

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