RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 前兆〜朝日蔓が照らす頃〜

六年長屋のろ組部屋前の庭には朝日に照らされて朝顔が花開いていた。
この植物の育て親は今は図書委員の当番でここにはいない。もう一人の同室者、七松小平太は長屋の縁側で横になり、ただ何をするでもなく庭の朝顔を眺めていた。

夏だからしようがないのは分かるが、それにしても暑い…。
じっとしているだけでも額から汗が流れてきて気持ちが悪い。
せめてもの気晴らしに片頬を床板に押し付けるが数秒で自身の体温を吸って床がぬるくなる。それを何度も繰り返していた。

いつもだったらこんな時、池で水練をしたり、塹壕で冷たい地中にもぐっていた。
だが今はそんな気力もない。
いや、暑さに負けることなんて今までなかった。そういえば最近みょうに身体がだるい。何故だか食欲もわいてこない。以前のように鍛錬に費やす時間が少し減ったようにも感じる。
走りたいし、塹壕を掘りたい、会計委員室へ行って文次郎に会いたいと思ったが、どうしてか思考に関わらず身体がついていかない。

(夏が大好きな私が夏バテを起こすなんて、珍しいこともあるもんだ)

同級生や下級生の中に何名か夏風邪を引く生徒がいるから自分もきっとそうなのだろう。特に気にすることもなく、放っておけばすぐに治るだろうとそのまま眠気に誘われて意識を飛ばした。

眠りにつく瞬間、どこかで「もう少し、あと少し…」と聞いたことのない声がした、ように思えた。






その頃、図書室では図書委員長の中在家長次が当番でカウンターに腰を下ろしていた。
自分以外には誰もいない、このまま一日が終わるだろうかと一冊の本を読んでいると、戸が開き、善法寺伊作が入室してきた。
伊作が図書室に来るのはそう珍しいことではない。軽く会釈をして本に視線を向けるが伊作は本棚には向かわずそのまま長次の前まで来る。

「…どうした?」

長次は本から視線を上げると伊作に問う。

「うん、あのさ…長次のことだから感付いてると思うけど…小平太のこと」

伊作が少し言いづらそうに長次を見つめたまま腰を下ろす。

「最近の小平太、何か変わりない?眩暈とか悪寒とか何か些細なことでも」

「…いや、そういったものは今のところないが、いつもと比べて元気がない。運動量も食事量も少し減ったように思うが、本人は珍しく夏バテだと言っていたから深追いせずに様子を見ている」

「そっかぁ。うん、長次が同室で良かった。また何かあったら言ってね、具合が悪いようなら診察するから」

「…ありがとう」

そういうと伊作は図書室から出て行った。残された長次はいつの間にこんなに時間が過ぎたのだろうと障子窓から見える夕焼けに目を向けると読みかけの本を懐に終い、閉室の札をかけるとそのまま図書室を後にした。


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