RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 僕の行方[ストリングスは素晴らしいものだVer.]

「うん。うん、こっちはもう暑いぞ。と言ってもそっちとさほど変わらんと思うが」

せまい部屋には一人きり。
小平太は機種変したばかりの使いなれないスマホを片手に電話の向こうの友人との会話に弾んでいた。
通話の相手は春分ごろ、いつも出掛けている海沿いの街と近所の神社で偶然にも立て続けに出会い、初めてとは思えないほど意気投合した潮江文次郎という同い年の青年だ。
彼は横浜生まれの横浜育ち。高校の友人たちと卒業記念にと関西に旅行し、兵庫の地で小平太と長次と出会った。

「わたし?最近は長次とユニバに行ったぞ。年間パス持ってるから二人でよく行ってる。うん、それ。それに乗ったらパンツまで濡れた」

電話の向こうで文次郎の笑い声が聞こえた。
いつもはメル友みたいな関係だが互いに時間があればこうして電話で話したりもする。
小平太はそんな文次郎との共有の時間が楽しかった。

「そっちもネズミのテーマパークがあるだろ?やっぱり夏は濡れるのか?」

『こっちといっても東京というよりほぼ千葉だけどな。濡れるのか…さあ、どうだろ?俺はあまり行かんから分からんが。留三郎と伊作はよく二人で行ってるらしいが、あそこはどうもカップルが多くて俺は苦手だな』

「ふーん、せっかく東京に住んでるのにもったいない。私はずっと尼崎にしか住んでないから他の所はよく知らんが、東京には住んでみたいな」

『……だったら住むか?』

「え……?」

『俺でよけりゃ一緒に住むか?昼間は働いてっから家にはいないが元々一人暮らしだから気兼ねないと思うんだが』

「…もんじ……」

『嫌なら忘れてくれ。すまん、来客が来たから電話切るわ。また』

プツッ。ツー ツー…


小平太の返事も聞かず電話の向こうで電波が切れた音が響く。小平太は余りの爆弾発言に放心し、力なくスマホを置いた。


文次郎と二人暮らし…。

東京に上京するのは子供の頃からの小さな夢だった。
それも密かに好意を抱いている友人とのアパート住まい。
きっと今の生活では味わえない新しい刺激の数々が待っているかもしれない。考えただけで心が高鳴った。
だが一つだけ心残りがある。

それは長次のことだ。

長次とは異母関係の兄弟にあたる。
互いの両親は複雑だが長次と小平太はそんな家庭の事情とは関係なく仲が良かった。
自転車ですぐの家同士だったから長次が小平太の家に泊ることも、逆に小平太が長次の家に邪魔することも多かった。
小平太の母親は長次に対しても優しかったし、長次の母親もまた小平太には本当の子供のように接してくれた。
互いの母親同士、そして父親の関係なんて難しい大人の事情は知らないが、二人の知る限り喧嘩や言い争いは見たことがない。
そんな中で生活すると長次とは半分血が繋がっているものの本当の兄弟、いや、家族以上にさえ感じられた。

物心付いた頃からずっと一緒にいた、その長次と離れて暮らすのは正直寂しい。
だがここで上京を諦めたらもしかしたら夢は叶わないままかもしれない。
一番良いのは二人で上京することだが、それは小平太個人の勝手な我儘でしかない。
長次は高校を卒業して今年の春から大阪の大学に通っている。対して小平太は大学進学は金銭的に諦めて、就職難の中、早々に理想の就職先も諦めて高校を卒業した。今は市内のとある会社で派遣社員をしている。
仕事なんて辞めようと思えば今すぐにでも辞表を出せる。


夢をとるか、長次をとるか――。


再度スマホを手に取りメール画面を開く。長次宛に短い文を送り、数分もしない内に返ってきた文を確認する。気付けば家を飛び出していた。










「…そうか」

長次に事情を説明すると返って来たのはそんな言葉だった。

「私、どうしたら良いのか分からないんだ。長次だったらどうする?」

「…知らん」

「なんだよ。長次にとっちゃ所詮どうでもいい話なのか?」

「いや、そういう意味じゃない。何を選んだって小平太の決めたことだから俺は反対しない。お前の好きなようにすれば良いと思う」

「………」

「一番近くで小平太を見てきた俺が言うんだ。お前は自分にとって悪い選択なんかしないことくらい知っている」

「…うん、そうだな…。私、やっぱり東京に行きたい」

「そうか」

「東京には文次郎がいるから大丈夫だ。これからは長次に会えない分メールや電話をするよ。年に何回かは尼崎に帰るようにする」

「そうだな。東京でのことを色々教えてくれ」

「うん!」

それから他愛もない話もして小平太は帰って行った。
彼がいつ東京に行くかはまだ分からないが小平太のことだ。文次郎から承諾を貰ったらすぐに此処を旅立つだろう。
いつでも自分を思い出してくれるように、何を贈ろうか。
あるアイデアを思いつくと長次は薄暗くなった外へ出た。













結局あれから話はとんとん拍子に進んで二週間もしない内に小平太は上京することが決定した。
そして今日はその旅立ちの日。長次は小平太を見送るために新大阪駅まで同行した。
目の前には小平太が乗る東京行きの新幹線が止まっている。

「見送りだからって此処まで来なくてもよかったのに。荷物まで持ってもらって長次は優しいな」

「…いや、俺がしたかっただけだから」

言いながら荷物を本人に手渡す。引っ越しだというのに小平太は大きな手提げ鞄一つだけだった。
といっても実際に持ってみると意外と重い。きっと替えの服以外に必要最低限の必需品も入れてあるのだろう。
何を入れているのかは知らないがずっと持っているのも大変だろう。気付いたら長次は小平太の荷物を預かったままここまで一緒に来た。

そろそろ新幹線が出発する時刻だろう。
少し急いで新幹線に乗り込む小平太に「引っ越し祝いだ」と小さく呟いて白い封筒を手渡す。

「東京でも元気でな。体調管理に気を付けろ」

「うん、長次も風邪引かないでね」

「何かあったら何時でもいい。メールでも電話でも連絡をくれ」

「うん、ありがとう。長次、いってきます」

タイミングよく出発のベルが鳴り響き、扉が閉まる。
始めこそゆっくり走り出す新幹線はすぐに二人の距離を遠ざけた。



重くなった腰を下ろすように小平太は指定の座席へと座ると聞きとれないほどの小さなため息を吐いた。旅立ちに別れは付きものだがここまで胸がポッカリ開くような虚しい気持ちになるとは思わなかった。
ふと長次に手渡された封筒に目をやる。

封を開くと白い便せんが一枚と紅い花を押し花にした栞が入っていた。
小平太は本は精々漫画くらいしか読まない。
そんな小平太に栞を贈っても実用性など皆無だろうが贈った本人がかなりの読書家だ。
この栞を見る度に読書をする長次の姿を思い出せる。小平太にとっては最高の贈り物だった。

ガサガサと便せんを広げると見慣れた長次の綺麗な文字が並んでいた。
短い言葉だが小平太がその意味を理解した途端、走馬灯のように脳内でずっと昔の光景が広がった。








長次は新幹線の過ぎ去ったホームにまだ立ち止まっていた。

小平太は栞を喜んでくれるだろうか?
彼がこれから先、読書をする機会があるとは思えない。しかし長次が贈った栞を持っている間だけでも長次のことを忘れなければそれほど嬉しいことはない。
そして押し花にした夾竹桃の意味も。

夾竹桃という花は尼崎では知らない者は多分いないだろう市の花だ。
尼崎の市の木であるハナミズキよりは知名度が少ないが、別名・半年紅というだけあって一年の半分は市の至る所で淡紅や白の美しい花を咲かせている。
その美しさに比例して有毒な花であり、世界中では過去に多数の人間がこの花の毒で命を落とした。

だがこの花は時に人間に強い希望をくれる。

長次や小平太が現世に生まれるずっと前、度重なる台風が関西を襲い尼崎市の南部が海水に浸かってしまうという災害があったらしい。
その時も夾竹桃は生き残り綺麗な花を咲かせ市民を元気づけたことから尼崎では天災や戦災からの復興のシンボルとして歓迎されたらしい。

また尼崎以外でも、世界で最初に原爆が落とされた広島でも市の花として指定されている。
戦後、瓦礫しかない焼け野原の中でいち早く咲いた花が夾竹桃で当時復興に懸命の努力をしていた市民に希望と力を与えてくれたという。

そんな夾竹桃の花言葉は、
用心・危険・注意・油断大敵。
そして、
友情・美しき善良・恵まれた人。


大丈夫だ。前世の小平太は俺がいなくても充分頑張った。
もうかつての同室者とのしがらみを断ち切って新しい人生を送るべきだろう。
だが困った時は手を差しのべて助けてやりたい。










鈍器で殴られたように頭が痛い。

思い出した途端、走馬灯のようにずっと昔、前世の光景が脳内に広がっていた。そして理解した。
小平太と長次が兄弟だった訳を。そしてあの海で文次郎と再会した本当の意味を。

これは偶然なんかじゃない。出会うべくして出会った運命の再会だったのだと。
輪廻は途切れていない。心魂の奥でずっと繋がっていた。

もう一度長次からの手紙に目をやる。


『次の人生なんていらない。精一杯の今を生きろ』


無性に長次の声を聞きたくなった。
そして同じくらい文次郎の温もりに包まれたくなった。






東京駅に着くとホームにはすでに文次郎が待ち合わせていた。

「長旅お疲れさん。荷物持ってやるよ」

少しぶっきらぼうだが優しさは前世から変わらない。小平太は荷物を持つ手に近付く文次郎に抱きつくと最初は赤面したものの拒否すること無く優しく包んでくれた。

文次郎の匂いと温もりは遠い記憶のそれと一緒で懐かしかった。
再会に相応しい満面の笑みで文次郎に「ただいま!」と答える。

「お前のその笑顔、ずっと昔から見たかった」

前世よりも若干大きな手で小平太の頭を撫でながら優しい表情で文次郎が言った。


見送ってくれる、迎えてくれる、親愛なる友の気持ちに感謝。


⇒END

いつの間にか文次郎も思い出してたらしいです。
最初は書く気なくてボツにしてた後日談なのですが、やっぱり書きたくなってPC開きました。

題名はキンモクセイの歌から。
この話を読むよりもキンモクセイの歌を聴いた方が解りやすいかもしれないオチ←


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