RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 その時は、また――

2013年3月某日、晴天――

都会の海を一望できる木製の遊歩道に青年が一人立っていた。
その青年は黒く短い髪をなびかせ、木製の柵に頬杖をしながら海を眺めている。

暫くすると背後から見知った友人たちの声が聞こえ、青年は海から視線を外した。


「文次郎!遅くなってごめんね!」

「伊作、走るな。こけるぞ!」

留三郎に注意されながらも伊作は「大丈夫大丈夫」と言いながら青年、文次郎の元へと駆けて来る。この辺りは地面が木材で足場が悪く伊作なら転倒しかねないと思ったが、やはりというかお決まりというべきか文次郎の目の前で盛大に足を躓いた。
すんでの所で伊作を抱き留める留三郎と、伊作が持っていたストロベリークレープを地面に落とす前にキャッチする文次郎と、それを興味無さげに眺める仙蔵、これは彼らにとって日常茶飯事の光景だった。
伊作は留三郎が助けてくれたことに気付くと「留三郎、ありがとう」といつもの笑顔で礼を言い、今度は慎重に文次郎の側に行く。


「文次郎もクレープ拾ってくれてありがとう。ここ色んなデザートがあるのに本当に何もいらないの?」

「いつものことだから別に礼はいらん。甘いものは食えんしな」

「だからって晴天でもこんな強風の中、ずっと外にいたら寒いよ。ほら、頬が赤くなってる」

言いながら伊作は片手を文次郎の頬に添える。
伊作の手も風に晒されて冷たかったが、それでも柔らかい皮膚の中で温かい血が流れているのを感じた。

伊作の隣に留三郎も並んで木製の柵に凭れかかりながら海を眺める。

「本当に文次郎は海が好きだよね」

「ん?ああ…、いつからかは知らんが物心ついた時から海は好きだった気がする」

クレープをかじりながら伊作が言う。その横で留三郎はツナサラダクレープを食べながら二人の会話に耳を傾けていた。

いきなり文次郎の左頬に熱い感触が当たり咄嗟に「うわっ!」と叫んだ。慌てて誰もいないはずの横を見るとホット缶珈琲を文次郎の頬に当てた仙蔵がほくそ笑みながら「すまん」と謝る気もなく、そのまま文次郎に缶珈琲を軽く投げ渡した。

「おめぇは普通に渡せねえのか?」

「頬が赤かったのでな、温めてやろうと思ったのだが」

言いながらも仙蔵は悪戯が成功した子供のように笑いながら自分の缶珈琲を開けて優雅に飲む。長年の付き合いで何を言ってもしようがないと諦めた文次郎は「ああそうかい…」と言いながらも仙蔵の好意に感謝しながら缶珈琲の蓋を開けた。


しばらく四人で海を眺める。
空は雲が少し浮いてはいるが晴天で心地よかった。
だがその天候とは裏腹に冬のように風が吹き、露出している肌の体温は奪われかねない。その代わり潮の香りがいつにもまして満喫できる。
文次郎はこの潮の香りと海の波音が好きだった。



今回、高校の卒業旅行にこの神戸の海を提案したのも文次郎だ。
高校を卒業しても四人とも都内の大学進学や就職内定が決まっていたのだが、全員が違う学校や会社。今までのように遊べなくなるだろうと高校最後の思い出作りにと二泊三日の旅行で関西までやって来た。
最初に関西の海を見たいと言った文次郎に「日本の海は荒々しくてやだね。どうせならハワイの方がいいだろ」と留三郎が口を挟む。無論だが高校生にそんな金はない。留三郎の意見は速攻却下され「関西の海なら神戸のハーバーランドが丁度良いんじゃない?色んな飲食店やアミューズメントもあるし、僕も言ってみたいな〜」という伊作の意見が採用された。
因みに一日目の一昨日は大阪観光、二日目の昨日は伊作と留三郎の第一希望のUSJだった。

今日でこの旅行も終わりなのか…と妙に寂しくなった文次郎達の後ろでふいに明るい声が響いた。
なんとなく視界の端で見ると、明るい声で話し続ける癖っ毛の目立つ藍髪の青年と聞いているのかいないのか焦げ茶髪に顔にいくつか傷のある無表情な青年が通り過ぎる。
傍から見ても正反対に見える二人だが意思の疎通はしっかり出来ているようだ。世の中には不思議な奴もいたもんだ。

「そろそろ行くか…」と言う仙蔵の言葉に四人は神戸駅へと足を進めようとすると背後から藍髪の青年の「あっ!」という声が響く。振り向くと文次郎の足元に何かが当たった気がして、下を見ると『Smudging Water』と書かれた青い小瓶が転がっていた。
カバンから何かを取り出そうとしてその拍子にカバンの中から小瓶が落ちてしまったようだ。
文次郎はその小瓶を拾い上げると走ってきた藍髪の青年に渡した。

「ありがとう!これ、すごく大事な物なんだ」

青年は満面の笑みで文次郎に礼を言う。


――初めてなのにどこかで見たような気がする…。



文次郎が不思議に思うと青年の後ろから焦げ茶髪の青年がやってきた。先程の無表情な顔が嘘のように優しい表情で文次郎に軽く会釈する。
そして文次郎が聞きとれたのが不思議なくらい小さな声で「小平太が世話になった」と言った。

文次郎には焦げ茶髪の青年の言葉の意味が分からなかった。


初対面なのに「もう落とすんじゃねえぞ」とタメ口で藍髪の青年に言うと文次郎達は改めて神戸駅へと足を進めた。

ふいに文次郎が海へと視線だけを向けると先程の青年たちは遊歩道の木製の柵に凭れかかり、寄り添いながら神戸の青い海を眺めていた。










「よし、これから尼崎へ行くぞ」

神戸駅の改札口付近に着くなり、いきなり仙蔵が発言した。
突然の思い付きに文次郎も伊作も留三郎も驚いたが、反対意見なんて聞きませんとでも言いたげな表情で仙蔵は微笑む。

「いくらなんでも無茶ぶりだろ、仙蔵」

「まだ時間は半日もある。行けないことはないさ」

「そもそも尼崎って何があるんだよ?」

「そうだな、しいて言えば七松八幡神社だな。厄除けと勝運の神社だ。そこで伊作の不運でも浄化してもらおう。留三郎も勝運を強化してもらってはどうだ?」

「はい。僕行きたい」

「伊作が言うなら俺も」

「文次郎。三対一だ、分かっただろ」

「しゃーねえな…」

何を言っても長年の付き合いであるこの男には通用しない。
一言悪態を付きながらもまだ旅行は終わらないと内心わくわくしながら、旅の最終地である尼崎へと走る電車に乗り込んだ。


500年もの時を駆けて運命の再会を果たすだなんて、この時の文次郎には想像なんて出来なかった。







あの時、あの海で出会わなければ
俺たちの輪廻は途切れたままだったのだろうか――?








「あ!さっき小瓶を拾ってくれたやつだ!ここでも会うなんて奇遇だなー」

七松八幡神社の鳥居を潜ると先程の懐かしい声と笑顔が響いたと途端に境内の木々が優しくざわめいた。



⇒END


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