RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 リグレットメッセージ

『文次郎。こんな言い伝えを知っているか?』



人里離れた崖に青少年が佇んでいた。
海の波は崖にぶつかって水飛沫をあげている。
冬と海の風は容赦なく吹き荒れて体温を奪われそうだ。

「小平太…。」

青少年は荒れた海を見つめながら呟いた。










「文次郎。こんな言い伝えを知っているか?」

前日の晩、六年い組長屋で仙蔵が突然口を開いた。
粋なり何の話だ?という表情で見つめる文次郎に構わず仙蔵は続ける。

「これは南蛮の地方の伝説なのだが。羊皮紙という外国の特別な紙に願いを書き、それを硝子の小瓶に入れて海に流したらその想いはいつの日か実るそうだ」

そう言いながら仙蔵は懐から小瓶と見慣れない紙を取り出す。
珍しい物に文次郎は僅かに首を傾げたが仙蔵は気にすることなく続けた。

「これが羊皮紙という物らしい。先日壱年は組の福富しんべヱの実家の仕事を手伝ったんだ。貿易商という仕事に興味があったのでな。その時偶然出会った南蛮人から伝説を聞いたんだ。気にするな。小瓶も羊皮紙もタダだ。私が使うよりお前が使う方が意味がある」

仙蔵が文次郎の手に無理やり南蛮の品を渡す。

「俺は迷信なんて信じちゃいねえよ」

如何にも文次郎らしい台詞に仙蔵は小さく笑った。








「小平太。明日、俺達の卒業式なんだ」

青少年は呟いた。

「俺、やっちまったよ。お前の欲しがってた本とバレーボールの予算を計上したんだ。それだけじゃない。他の委員会の予算も殆ど通した。地獄の会計委員長と呼ばれた俺がだぜ?呆れるよな。でもさ、最後に皆の喜んだ顔が見られるならそれで良いか…と思ったんだ。どうして進級する度に会計委員の予算が厳しくなったのか分かった気がするよ。過去の会計委員長達も卒業前の最後の予算案は大いに甘やかして来たらしい。最後に皆の笑顔を己の心に焼き付けたいから、と。顧問の安藤先生にまた皮肉を言われるかと思いながら報告したら『会計委員会の代々受け継がれる習わし』と一言呟いただけだった。会計委員の後輩には悪いことをしてしまったが…」


冬の海の風は強い。
長い襟巻に厚手の服装ではあるが強風に煽られて体温を奪われてしまう。
頬や耳は風を直に受けて痛覚すら感じてしまったが青少年は動く気配をみせなかった。

「今まで寒くても小平太が隣にいたから温かかったのにな」

なんせ誰よりも人を恋しがる奴だから、青少年が寒くなる前に小平太はいつも構わず抱きついていた。
それは日常だった。
学び舎で六年間、苦楽を共にしてきた小平太なりのじゃれあい。
六年という時間は永遠のようで極当たり前の日常と錯覚し、幸福だと感じることさえ忘れていた。

「小平太はいつも俺の為に傍で温もりをくれたのに、俺はいつも突っ刎ねて怒鳴ってばかりだったな」

小平太がいつも困らせているように見えたが、実は文次郎の方が困らせていたのかもしれない。
怒鳴られても小突かれても小平太はめげずに抱きついてきた。
あの温もりは二度と手に入らない。
魂のない小平太の身体は冷たくて蒼白で、文次郎の知ってる小平太ではなくなってしまったのだから。



いつも隣にいたお前はもういないから。
この海に俺の想いを沈めてしまおう――。


それは心の涙と後悔。
罪に気付くのは全てが終わったあとだった。

「小平太。俺は迷信なんか信じちゃいない。だが、もしも本当に願いが叶うというのなら俺は、その迷信に賭けてみようと思うんだ」

青少年は海に向かって小さな硝子の小瓶を投げた。
思いのほか遠くへ飛んで、海に浮かびながら流れていく小さな願い。
それはいつしか水平線の向こうへと消えていった。



「もしも生まれかわれるならば、その時はまた    」


『―――お前の笑顔が見たい。』


青少年は海に背を向け走り出した。
その後、彼を見た者は誰もいない。


⇒Next

やっとこさ次回で最終回です。
文次郎は決して自殺したんじゃなく、遠い地で忍者の仕事を全うしたんだと思います。
皆の笑顔を心に焼き付けたかったから卒業式の前日に自主退学。

イメソンは言わずもがな『リグレットメッセージ -Ballad version-』


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