RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 今宵、偲びに逝きます。

暗闇の森の隙間から見える月はやけに明るくて、深森の闇を一層濃くしていた。
木の葉のあいまを舞い落ちる月の光は、雲のあいまを架ける太陽の光のようにはっきりと反射していた。


太陽の欠片が天へと昇る梯子なら、月の欠片は――。

心の隅で思ったがそれ以上考えることを止めて、小平太は暗闇の森を疾風の如く駆けた。








どのくらい走っただろう?

森を抜けた先は断崖絶壁の海だった。
無我夢中で走ったものだから、自分が今どこにいるのか正確な位置は分からない。

海の波は激しく、崖にぶつかっては大きな水飛沫をあげていた。
波の音は騒音のごとく鼓膜まで響いて、吹き抜ける風は鋭い刃のように肌に突き刺さる。
薄い忍び装束しか身に付けていないのだから当たり前だが、直に吹き付ける風に体温が奪われそうで頬や指先が痛覚を訴えた。


「ちょうじ…」

呼吸が乱れるほど走り続けたのはいつ振りだろう?
はぁはぁと漏れる息をなんとか落ち着かせて大好きな人の名前を紡ぐ。
だがそれも容赦なく壁にぶつかる荒波の音で掻き消えてしまった。




先程見た、い組長屋での文次郎の無愛想な表情を思い出す。

忍務に行くだなんてよくもまあ白々しい嘘が付けたものだ。
暫くはどの組も野外訓練なんて予定していなかったのに。あ、そういえばは組は臨時であったっけ。
まるで他人事のように小平太は思った。

文次郎の最後の言葉を思い出す。

“気を付けて行けよ”

無愛想な表情で言った短い言葉だったが、今の小平太には嬉しいのと同時に苦しかった。
普段の文次郎だったら小平太の下手な嘘なんてすぐに見破るはずだ。そして小平太の心理に気付いたら拳を振り上げてでも阻止する。
だが、あの男は嘘に気付かなかった。

昔から優しい皆に甘えてばかりいて、とりわけ長次に依存していた。
長次がいなくなってからは特に文次郎に甘えてばかりだった。
そのせいで文次郎の忍者として長い間鍛え上げていた勘を鈍らせてしまったのかもしれない。

どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう…。
もう少し早く気付いたら、こんな事にはならなかったのかな…。



「ちょうじ…」

あの時、私を庇って長次は死んだ。
本当は死ぬべきだったのは私のはずなのに……長次が犠牲になった。

私が……長次を殺したんだ。


長次の最期に見た優しい笑顔を思い出して涙がこぼれた。

なんで長次はあんなに優しそうに笑っていたんだろう。
本当は重くて痛くて熱くて恐かったはずなのに、どうして?
私が瓦礫を避けなかったばっかりに罪のない長次が犠牲になった。
そして最後の最期まで、長次は私に罵声をあびせることも睨むこともなかった。

なあ…。
あんなにたくさんの瓦礫の下敷きになって重かったよな。
頭からは血がドクドクと流れて痛かったよな。
骨だけになるまで身体をじわじわと炎に焼かれて熱かったよな。
自分が死ぬのを刻一刻と待つしか出来ないなんて恐怖でしかないよな。

…ごめんな。
何もしてあげられなくて本当にごめん。

だけど、もう大丈夫だから。
長次を燃やし続けた炎を今度は私が海の水で包んで消すから、もうすぐ楽になれる。


「今度は私が長次を守るから――長次は私のそばで笑っていて」



そう呟くと小平太はゆっくりと歩を進め、海に身を投げた。
視界の端に文次郎が見えたような気がした…。































太陽が真上を向いたころだろうか。

仙蔵は依頼の仕事を終え、1人で帰路に着いていた。

依頼といっても簡単なものだった。
壱年は組の福富しんべヱの指名で彼の実家の手伝いに行っていたのだ。
最初、学園の長に告げられた時は碌な事にはならないだろうとも断ろうと考えたが、内容を聞いていく内に面白くなり、更に貿易商という職業にも興味があったから承諾した。
しんべヱもしんべヱの両親もマイペースすぎる性格ではあったが、仕事中不思議と頭を抱えるようなことはなかった。
いや、ただ一つだけ。しんべヱの妹に長次のことを聞かれた。
以前世話になったとか最近は元気にしているかとか、傍から見たら何気ない会話なのだろうが仙蔵には少々返答に困る質問ばかりするものだから曖昧に返した。
いくら仙蔵でも小さなおなごが泣く姿を見るのは胸が痛む。


もう少し実家に残るというしんべヱとは別れて、1人で帰路に着いた。
いつもは深い山道を越えるのだが、その日はなんとなく明るい太陽の温度を感じたいと海沿いに面した道を歩いていた。

ふと、視線を海沿いの向こうに向けると丁度岩の陰に隠れるようにして何かが見えた。
いつもなら特に気にせず通り過ぎるのだがこの時は何故か気になり近付いて見ると、そこには水に濡れて一層濃くなった深緑の着物をまとった、濃藍色の長髪の人間がうつ伏せで倒れていた。

「小平太っ!!」

顔は見えなかったが髪と服ですぐにそれが誰なのかを感付いて、仙蔵は足場の悪い岩場を走り彼の側まで駆け寄った。
小平太をたぐり寄せ両腕でしっかりと抱え込む。
外傷はどこも見つからなかったし、見る限りはただ眠っているようにしか見えなかった。
ただ、何度声をかけても反応もなければいつもの彼の温もりが伝わらない。

まるで雪のかたまりを握るように小平太の身体は心(しん)まで冷たかった。

「やはり…こうなる運命だったか……」


仙蔵は独り事のように小さく呟くと冷たくなった小平太に自分の上着を被せておぶり、そのまま学園まで歩を進めた。



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