RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 見えない触れない聞こえない

小平太が竹谷と別れて六年長屋のい組部屋に帰ると部屋はもぬけの殻だった。
灯りも灯ってなければ火鉢も消えたままの状態で、部屋の主達は暫く此処にはいなかったのだろうと推測する。


ふと仙蔵の文机を見てみると文(ふみ)が置いてあった。
それは仙蔵らしい綺麗な文字で『文次郎、小平太へ』と書いてある。

自分宛の手紙でもあるのだから先に読んでも構わないよな。と小平太は特に気にすることもなく文を広げて文字を追った。



『文次郎、小平太へ

突然だが学園長の使いでとある仕事の依頼を受けた。
三日刻もすれば終えると思う。
私のいない間、しようもない事で喧嘩をするなよ。

仙蔵』 



暫く仙蔵は帰ってこないのか…という事は暫く文次郎と二人っきり。

仙蔵がいないのは少し寂しいが文次郎は忍務じゃないから変わらず傍にいてくれるだろう大丈夫だ。
小平太は特に深く考えず、ペットのカメに餌をやろうと立ち上がった。





「文次郎遅いな〜」

あれからゆうに4時間は経ったと思う。
文次郎はまだ帰ってこない。
そろそろ日付が変わるころだろうか、小平太は文次郎の布団を引っ張り出して先に潜り込んだ。

いつもは遅かれ早かれ一緒に寝るから何も思わなかったが布団が冷たくて爪先が異様に冷たい。
布団に包まれているのに海の中にいるように冷たく、身体をギュっと丸めた。


暗い部屋に独りっきり。
慣れない小平太は夜明けまで眠ることが出来なかった。












「結局帰ってこなかったし」

明け方にやっとウトウト眠りだした小平太だったが、洗顔や厠へ行くのだろう縁側を歩く生徒達の声で目が覚めた。

あのまま文次郎は一晩帰ってこなかった。

(何処にいるかくらい教えてくれれば、いさっくん達の部屋に泊まったのに…)

そろそろ支度をしないと朝食に間に合わない。
まずは洗顔に行こうと寝衣のまま手拭いを掴むと、小平太は部屋を出た。
























その頃文次郎は早々に朝食をすませ、教室で読書をしていた。
昨日は小平太のせいで寝不足だ。
何処にいても何をしていても昨日の小平太を取り巻く奴らを思い出しては腹立たしくて仕方がない。

いや、無防備に近付く奴らを許す、小平太が許せなかった。
小平太の隣にいるべきなのは自分なのに。
長次のいない今、小平太を守るのは自分のはずなのに、あいつは俺の腕から簡単に逃げていく。
しかも、他の男のところへ。

もう何が何だか分からない。
何を信じていいのか分からない。

長次が生きてるだなんて都合のいい夢を見たのは小平太だけでなく、あの日小平太に告白した俺も同類だったのだろうか?
いや、それは違う。

あの日を境に時間は日常に戻った。外見は。

だが、あの日を境に何かが狂った―――。
























朝食もそこそこに小平太は六年ろ組教室へと向かっていた。
ろ組の両隣は、い組とは組の教室があるので必然的にどちらかの教室の横を通らなければいけない。
小平太はいつも通りい組教室の横を通り過ぎようとしたが、ふと開きっ放しの窓から文次郎が席で読書をしているのに気付いた。

それを見つけてつい嬉しくなり、窓越しに声をかけた。

「もんじー。おはよう!」


「……」

あれ?

読書に夢中で聞こえなかったのかな?
もう一度呼んでみる。

「文次郎。お前、昨日は何処で寝たんだ?」


「……」

やっぱり反応がない。
い組教室に入ろうとしたが、授業開始の鐘がなったので慌てて自分の教室に向かった。












2時限目が終わって厠で会っても、3時限目が終わって廊下で擦れ違っても、一向に文次郎の口から言葉が紡がれることはなかった。

一体私が何をしたというんだろう?
いつもより更に無愛想な面で、意図的に視線を逸らされている気がする。
そんな態度をとられたら、どうしたらいいのか分からない。

どうしてそんなに不機嫌なのかちゃんと言ってくれないと、私が分かるわけないじゃないか。


思い悩むよりも行動に移すのが一番!
そう考えたった小平太は午前の授業が終わった途端、食堂に駆け出した。


小平太が食堂で真っ先にAランチを頼むとすぐにおばちゃんが用意してくれた。
そのお盆を受け取ると、いつもの指定席に着いた。
ここなら少しの視野で食堂全体が見渡せる。
目当ての人物が来るまで、小平太は食事に手を付けずにじっと待っていた。


30分ほど経った頃だろうか。
ようやく出入り口から目的の人物、潮江文次郎が現れた。

彼は食堂のおばちゃんと二言三言話してからお盆を受け取り、小平太の席から一番離れた出入り口のすぐ傍の席、小平太に背を向けて座った。

どうしてそんな所に座るのか、文次郎の自由だからしようがないけど、何となく寂しい。

思いたったらいけいけどんどん!!そう自分に言い聞かせて、小平太は少し冷めたお盆を手に取り、文次郎の隣にドカっと座った。

相変わらず文次郎の表情は無愛想だが、そんな細かいことは気にしない。
きっと委員会のことでイライラしてるんだ。
いつものように話しかけていれば自然に機嫌を直してくれるかもしれない。

小平太は根気強く話しかけた。
午前の授業のこと、Aランチのアジの塩焼きが旨いこと、昨日は文次郎も仙蔵もいなくて少し寂しかったこと。

文次郎に話している筈なのに、やっぱり反応はない。
なんだか空気に話しかけているみたいだ…。


ずっと喋っているせいで小平太のお盆はまだ半分以上、料理が残っている。
それに比べて黙々と食べる文次郎のお盆の料理は残りわずかだった。
ちらっと文次郎のお盆の皿を盗み見れば小鉢はヒジキの煮物でなく、飛龍頭(ひりょうず)の含め煮だった。

食事が終わり、早々に席を立つ文次郎に慌てて小平太は残りの料理を胃に流し込む。
碌に噛まずに嚥下したので喉が痛かったが構わない。

急いで食べ終わり食堂を出ると、先に去って行く文次郎の背中に走って着いていく。



てっきり長屋に帰るのだろうと思っていたが、文次郎は曰く付きの倉庫の前まで歩き、追いついた小平太にやっと視線を合わせた。


やっぱり無愛想な顔は変わらないが、やっと自分を見てくれた。
小平太はそれが心底嬉しかった。



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