RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 心の距離

崖に青少年が一人佇んでいた。

闇の中でよく分からないが黒い髪を結って、厚手の襟巻を靡かせている。
青少年は崖の下の大海原をただ眺めていた。
海の波は激しく崖にぶつかっては大きな水飛沫をあげている。

何故だか嫌な予感がする。
文次郎は青少年に向かって走り出そうとしたが、何故か足が鉛のように重たく動けなかった。

ふいに小さな声が、だがはっきりと聞き取れる声が聞こえる。


「もしも生まれかわれるならば、その時はまた――」

青少年は海に身を投げた。
文次郎はそれを眺めることしか出来なかった。








…う、じろう


――ボコォっ!!

「っつぅっ!!?」

粋なり背中に衝撃が走り、文次郎はすかさず飛び起きた。

「休みだからっていつまで寝ているつもりだっ!!もう昼が来るというのに鬱陶しい」

何事かと見れば仙蔵が不機嫌な様子で見降ろしている。
背中の激痛は仙蔵が本気で蹴ったのだろうズキズキと痛む。

「仕方ねえだろ。昨夜は眠れなかったんだから」

そう言いながら不眠の原因である奴に目を向けようとするが、布団には文次郎しかいなかった。

「小平太ならとっくに起きて出て行ったぞ」

「何処へ?」

「さあ。何も言わずに出て行ったんだ、私が知るわけないだろ」

塹壕掘りにでも行ったのではないか?と言いながら仙蔵は文次郎の具合が優れないのに気付く。

「大丈夫か?顔色が悪いぞ。」

「いや、ただ夢見が悪かっただけだ」

「夢見?」

「ああ」

そう言って昨夜見た夢を思い出す。
思い出しただけでも背筋が冷たくなった。
あれは現実ではないと理解しながらも自分の目の前で突然命が消えた。
あの男は一体誰なんたろう?

「…海が荒れていた」

「荒海?」

「ああ。真夜中なのか真っ暗な海だった。暴風が吹き荒れて海が荒れていた」

文次郎が昨夜の夢を少し話し出した。
話すと言っても内容は風景だとか空気だとかだが。
何故たか夢の中の男には触れなかった。いや、分からないが言ってはいけない気がした。

文次郎の話を黙って聞いていた仙蔵は何故かおもむろに考え込んだ。
何を真剣に考えているのかと見ると仙蔵がふいに口を開く。

「文次郎は風水というものを知っているか?古来中国に伝わる学問の一つだ。家相術ともいう。簡単にいえば東西南北で『気』の善し悪しを判断し定める術だ」

「粋なり何の話だ?」

「いや、解らなければそれで良い。風水なんて私達忍者にとってはさして不要なものだ」

だったら何故そんな話を持ちかけた?仙蔵は何を言いたいのだろうか?
探るような視線を向ける文次郎に気付き、仙蔵は続けた。

「まあ小耳には挟んでおけ。夢にも色々ある。予知夢だったり悟りの境地だったり風水夢、吉凶夢だったり。例えばお前が見た夢、『暴風』は風水夢では騒動を予感する夢だ。喧嘩や諍い等、人間関係がギスギスする前触れだ。『荒れた海』は行く先に難事が待っていることを知らせる予知だ。言いたくはないがどちらも凶夢だな。気を付けろ」

「そんな夢如きで未来が分かってたまるか」

「信じるかどうかはお前次第だな」

「俺は迷信なんて信じちゃいねえよ」

























長屋を出てから文次郎は小平太を探した。
食堂やグランドにはおらず、片っぱしから探そうと思った矢先に用具倉庫の傍から小平太の声が聞こえた。

どうしてこんな所にいるんだ?と思いながらと近づくと倉庫には小平太だけでなく留三郎も一緒だった。

声をかけようと文次郎が歩み寄ろうとして、思わず立ち止まった。
二人は腕を組んで密着した。
いや、小平太が一方的に留三郎に甘える素振りで密着していた。
この時の小平太の笑顔ときたら本当に幸福そうで、文次郎の不安を煽るには充分だった。
恋仲の自分以外に向けるその笑顔が憎かった。


文次郎は思わず逃げるようにその場を後にした。






「バレーボールは直してやるから、もう少し離れて歩けよ。歩きづらいだろっ」

口ではそう言うが満更でもない表情で留三郎が言う。

「嫌だ。手を繋ぐだけだったら寒いもん。腕組みしてたら留三郎も温かいだろ?」

少し不貞腐れたように、だが意地でも離れまいという顔で小平太が答えた。

「ったく、もし文次郎に見つかって怒られても、俺は知らねえぞ」

「なんで文次郎が怒るんだ?」

どうして其処に文次郎の名前が出るのか、不思議そうに見つめる小平太に留三郎は驚く。
普通、恋人が他の男と密着して手を組んでいたら誰だって怒るだろう。
小平太にはそんな発想はないのだろうか?
思わず聞こうと口を開く留三郎よりも早く、小平太が話題を変えた。

「ボールはどれ位で直せるんだ?」

「あ?あぁ、その前に仙蔵に頼まれた器物もあるからな…頑張って一週間って所だな」

「そんなに!?」

「そんなにって一体いくつ壊したと思ってんだ!?すぐに直せる数じゃないんだからな!!寧ろどうしたらこんなにボールが割れるんだ」

「私は悪くない。文次郎が悪いんだ」

「…は?」

「文次郎が鍛錬に来るのが遅いから。待ってる間にちょっと一人バレーをして、気付いたら割れるんだ」

小平太は真面目な表情だったが第三者が聞いたらただの惚気話でしかない。

「お前、色んな意味で本当凄いよ…」

留三郎は惚気話を聞く気にもなれなくて疲れた顔で呟いた。

























小平太と留三郎の件の後、文次郎は自室で会計委員の仕事をしていた。
折角の休暇ではあるが、何かに集中していないと先程の二人を思い出してイライラが治まらなかった。


気付いたら外は薄暗くなっていた。
冬だから日が落ちるのも早い。これからあっという間に夜になるだろう。
なんとなく自室の戸を開けて縁側に出た。と、偶然自室に戻る留三郎と目があった。

「よお」

最初に声を掛けたのは留三郎だった。
文次郎は声には出さず手を小さく上げて挨拶する。

「どうした?いつもより隈が濃いぞ。休日なのに委員の仕事か?」

「…そんな所だな」

余り留三郎と喋りたくない。適当に相槌で返そうとした。
でもこの心境の張本人がいない。文次郎はさも何も知らない素振りで聞いた。

「小平太は何処にいるか分かるか?」

「さあ?塹壕でも掘ってるんじゃないのか?」

「もうすぐしたら夕食だし、そろそろ呼びに行った方がいいかもな」と言いながら、留三郎は自室へ入った。



「塹壕…だと?」

文次郎が小さく呟いたのを冷風が遮った。


























いけいけどんどん!
いけいけどんどーん!!


裏山では相も変わらず小平太が塹壕を掘っていた。
そろそろ帰ろうかと出発地点まで別ルートに横穴を掘って戻って来た所だ。
頭上の穴から見える空はもう薄暗くなっていた。

さて、そろそろ帰ろうかと壁に手を掛けようとした瞬間、頭上が暗くなり何かが勢いよく落ちてきた。

小平太は咄嗟に端に避けると、物凄く鈍い音をして落ちたものを目を凝らして見る。
それは後輩の竹谷八左ヱ門だった。

「いたたたた…」

「おい、大丈夫か?」

「…はい。えっと、その声は七松先輩??」

肯定すると竹谷は特に痛かったらしい背中を庇いながら起きあがる。
すぐには立つな。と小平太は声掛け、身体に異常はないかを確認する。
腕や足を曲げてみるが特別痛む所はないらしい。
骨折も捻挫もしていないようで一安心した。

「先輩に恥ずかしい所を見られてしまいました」

「そんなことを言ってる場合か」

塹壕の傍に目印のつもりで枝を通した葉をいくつか置いたのに気付かなかったのか?と訊ねようとしたが、ふと頭上の空が薄暗かったことに気付く。
これなら不自然な葉を置いてもたかが葉のサイズの目印では気付かないかもしれない。
自分の責任でもあると考え、小平太は話題を逸らした。

「なんでこんな所にいたんだ?」

「あの…自主トレで足甲歩きの練習をしてたんです。柔軟で強靭な足首をつくりたくて…」

小平太は暫く呆気に取られていた。
そんな危険な鍛錬をこんな足場の悪い山奥で実践なんてしたら普通の人間ならすぐに骨折する。

「竹谷、お前凄いのな…」

「不幸中の幸いですっ」



























文次郎は裏山まで来ていた。
最近の小平太は学園外では裏山までしか行かない。
それ以上遠くへの外出は伊作に禁じられていた。
いつもならドクターストップや伊作ストップがかけられていても平気で破る小平太だったが、今回の禁止令には珍しく素直に従っていた。

きっとこのあたりまでだろうと文次郎は周りを見渡すと、木々の隙間から遠くで小平太の濃蒼色の髪が見えた。
呼びかけようとした文次郎の声に被って別の人物の声がした。

「それなら、今度一緒に鍛錬しませんか?一人でするのも少し寂しいですし」

――鍛錬…?

「そうだな。私も後輩には負けてられん。早速明日から二人でやるか!?」

――二人で…??

「はい。でも塹壕掘りやマラソンはご遠慮願います…」

文次郎は自分の耳を疑った。
小平太の隣にいたのは、文次郎とは予算会議で何度か接したことのある生物委員長代理の伍年生だと分かった。
だがその伍年は小平太とは余り接点がないはず。
現に文次郎の記憶の中でこの二人の会話など見たことがなかった。

――何故。

今まで小平太の隣で共に鍛錬を続けていたのは長次と自分だけだったのに。
長次がいなくなってからは文次郎と小平太の二人で変わらず続けていたのに。

明日からはその後輩と二人で鍛錬をするつもりなのだろうか…?

――分からない。

恋仲だと思っていた小平太の思考が分からない。
いや、長次がいなくなってからずっと小平太が何を考えているのか分からない。

小平太は竹谷の左腕を強く組みながら全速力で風を切り、学園へと走る。

――何も信じられない。

小平太の小さな走風は文次郎の心を斬り裂くには充分だった。



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