RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 物ノ怪ハ障子ノ外カラ手ヲ招ク

「こんな時間まで何やってたのさ!?心配したんだからねっ!!」

学園に帰った文次郎と小平太を待ち受けていたのは伊作の怒声だった。
粋なりのことに最初は呆気に取られた二人だったが、そんなことには構わず伊作は続ける。

「この季節はすぐに日が暮れるんだから油断なんか出来ないんだよ。怪我をするかもしれないし、風邪を引くかもしれないし…」

「いさっくんは少し心配しすぎるんだよ。私と文次郎だよ?今更学園の裏山でそんなヘマする訳ないじゃないか」

小平太は常日頃から伊作の小言に慣れてるので、いつもの調子で言い返す。

「それはそうだけど。もし想定外の深い落とし穴に落ちたり新種の巨大な獣に遭遇でもしたらどうするの」

「そうなれば鍛錬の成果を発揮するチャンスじゃねえか」

伊作の心配を他所に文次郎が言うと「無茶やたらに怪我して医務室の世話になるのはやめてくれ」と怒鳴られてしまった。
少し遠い場所では必死で笑いを堪える仙蔵と、可哀想な視線を向ける食満の姿があった。


最近の伊作は小平太を必要以上に心配している。
自分から小平太の傍に寄る素振りは見せないが、小平太の傍に誰かがいないと落ち着かないようだ。
それと同様に授業以外で小平太が学園の外に出るのも嫌らしい。
これは本人が言ったことではなく、伊作と親しい六年は組の連中が噂していたのだが。

「兎に角、二人とも無事で良かったよ」

本当に忍びを志す者の台詞か?と文次郎は思ったが、隣で小平太が気にする素振りなく「心配させてごめんね」と笑うので、自分の心意には触れないでおいた。

「伊作の説教も終わったことだし、文次郎と小平太。お前達は泥だらけで汚い。湯浴みをしてこい」

いつの間にか傍に来た仙蔵が言う。
小平太は素直に返事をし、先に風呂場へと走っていった。

「お前、小平太に見捨てられてやんの」

仙蔵の隣にいた留三郎が文次郎をからかう。
「うるせえ」と一言怒鳴り、風呂場へ向かった文次郎の肩を掴んで仙蔵が小声で言った。

「小平太と二人きりだからって風呂場で変な気を起こすなよ」

急に赤面してバカタレィ!!と怒鳴った文次郎に仙蔵と留三郎と伊作は声をあげて笑った。

























「お湯はまだ冷めてなくて気持ちよかったけど、腹減ったな」

風呂から出て、開口小平太はこう言った。
「そういえば晩飯はまだだったな」と文次郎は答える。
部屋に戻れば干し飯がある。今晩はそれを握り飯にして食おうかと思い自室へ入ると微かに良い匂いがした。

「おかえり。待ってたよ」

部屋を開けると同室の仙蔵の姿はなく、代わりに伊作が座っていた。

「いさっくん、どうしたの??」

聞きながら小平太が伊作に抱きつく。

「どうしたのって君達を待ってたんだよ。夕食まだなんでしょ?食堂のおばちゃんに聞いたら小平太も文次郎もまだ来てないって言うから久し振りに一緒に食べようと思って待ってたのに。おばちゃんも心配して夜が遅いなら自室で食べていいよってそのまま持たせてくれたんだからね」

「食器は明日返したらいいよ」と言いながら伊作は先に食べ始める。
小平太と文次郎も床に座り食べ始めた。

この三人で食事をするのはいつぶりだろう。
伊作は普段、授業の後に必ず医務室へ立ち寄るので皆より食事をとるのが遅い。
逆に小平太は授業が終わったら真っ先に食堂へと走るから、この二人が揃って食事をすることは約束をしない限り殆どない。
食事中に喋るのは作法として気が進まない文次郎だったが、小平太と伊作が楽しく話している姿を見ると、こういうコミュニケーションもいいのかも、と思った。
現に冷えた食事も仲間と一緒だと温かくて美味しく感じられた。










食器を洗って早々伊作は自室へと帰り、暫くして仙蔵が帰ってきた。
聞けば留三郎に直してもらいたい器物を預けに行ったようだ。

小平太は部屋の隅に置いてあるミドリガメの水槽を真剣に見つめていた。
このミドリガメはいつかの文化祭で行われた会計委員会の出し物の売れ残りだったものだ。
学園内の池で捕まえたものだから売れ残ればまた池に放せば良いと思ったものの、残ったなら私が飼いたいと小平太が言ったのであげたのだ。
一日の大半を小平太は自室ではなくい組の部屋で過ごす。その小平太と一緒にミドリガメも今ではこの部屋で世話になっている。
当初、仙蔵が怒るのではと文次郎は冷や汗を流したが、仙蔵は「小平太の自由にすればいい」と一言言っただけだった。

「小平太。そろそろ寝るぞ」

文次郎が布団を敷いて声をかけると小平太は素直に振り向いた。
部屋に布団は二組しか敷いていない。
物を避ければ充分三組敷けるのだが、以前小松田さんと喧嘩した小平太に添い寝をしてからというもの、小平太は一人で寝ることを酷く恐れた。
本人は決して口に出さないが夜になると必ず『一緒に寝てくれないか?』と寂しげな瞳で訴えてくるのだ。
内心可愛いなと思いながら「寒いんなら一緒に寝るか?」と掛け布を捲ると犬が尻尾を振って喜ぶかのように笑顔で抱きついてきた。
それが文次郎には堪らず幸福だった。

「こへ「小平太、たまには私と一緒に寝てみないか?」

文次郎がいつものように小平太を呼ぼうとすると、その声に被さって仙蔵が言った。
粋なり何を言い出すんだ?と文次郎は仙蔵を見るが本人はからかって楽しいのだろう、笑っていた。
悪戯をする子供のような笑顔で。
だが、それよりも驚いたのは小平太の返答だった。

「いいよ」

これには文次郎も仙蔵も驚いた。
現に文次郎と小平太は付き合っている。
それなのに恋人の前で他の男と寝るなんて承諾するとは文次郎も仙蔵も思ってもなかったのだから。

「小平太、冗談だ。私とお前が寝たら文次郎が妬くだろう?」

仙蔵は少し真剣な顔で言い、そのまま布団にもぐった。

小平太は何も言わず、文次郎の布団にもぐる。
文次郎は、誰が見ても分かるくらいに不機嫌な表情だった。
この顔を小平太に見られたら絶対に怯えるだろうと、彼に背を向けた。
背中越しに小平太の温もりが伝わる。
普段なら幸福なはずなのに、今日はこの温もりすら何も感じなかった。

(相手は俺じゃなくても、独りじゃなければそれで良かったのか?仙蔵でも伊作でも留三郎でも…別に俺じゃなくたって…。想いが実って喜んだ俺が馬鹿みたいじゃねえか)

考えれば考えるほど思考は悪い方へと向かい、文次郎はなかなか寝付けなかった。
やっと睡魔が襲ってきた頃には外で鳥が鳴いていた。



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冒頭は初期殴り書きの頃にはなかった話ですが、急に思いついて書きました。
書く度に「あと少し、もう少し」と思うのですが、まだ終わりそうにありません。
あれ…??(汗)


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