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作品


 日常の幸せレシピ

「もんじろー!!」

背後から声がしたと同時に背中に温かくて重いものが圧し掛かった。
確認しなくとも分かる小平太らしい挨拶は、文次郎の日常のひとつだった。

「午前の授業は終わったのか?」

「ああ。今から食堂に行こうとしたら偶然もんじを見つけたんだ。折角だから一緒に飯食べないか?」

「そうするか」


それから他愛無い話をする。
校外授業のこと、お互いのクラスで話題になっていること、委員会や後輩のこと。
話すのはどれも何気ない日常のことばかりで、それがお互いに居心地の良いものでもあった。

小平太は喋る時も体を動かすのをやめない。
元々じっとしているのが苦手な性格の為か、普通の人間よりも身振り手振りが多い。
最近は喋りながら抱きついたり、手を握って相手の興味を自分に向けようとする仕草も増えた。

理由はやはり、長次がいなくなって寂しい気持ちを他人の温もりで紛らわせているのだろう。

そう考えると心の中で長次に嫉妬する自分がいた。
でもそれは仕方のない事だと、心の中の自分に強く言い聞かせる。
小平太が長次を好きなように、文次郎も小平太を好いていた。
この恋心はそう簡単に変えられるものじゃない。
現に文次郎が一番恐れるのは小平太のいない世界だ。
長次が死んだ翌日の晩、文次郎は自室で1人小平太のことを考えていた。



もしも大切な人を突然失ったとき、俺は一体どうするのだろうか、と。

――小平太を失ったとき
――小平太のいない世界


考えると頭の中は真っ暗闇で自分がどこを向いているのかも分からなかった。
上かもしれないし下かもしれない、重力の存在しないところに落とされる。
例えるなら真っ暗な深海に沈み込むような、悪夢に飲み込まれるような。

それは現実には存在しない世界。
文次郎にとって小平太のいない世界は存在しない。
決して現実味のない悪夢でしかなかった。

小平太もそうなのだろうか?
暗闇の深海に沈められて必死にもがきながらも現実を生きて。



――う…じろう……

「文次郎っ!!」

「ぅわっ!?」

「何度も呼んだのに聞いてなかったのか?いつまでボっと立ってんだ。早く昼食選べよ」

いつの間にか食堂に着いていた。
おまけにいうなら小平太は既に自分の膳を持っていた。
そんなに長く自分は突っ立っていたのかと思うと恥ずかしくなって碌に確認もせずにA定食を頼んだ。


カウンターから見て右側の一番奥の席が文次郎たち六年生の気に入りだった。
少しの視野で食堂全体を見渡せる。それに出入り口から一番遠いのでちょっとした秘話も出来る。

この日もいつもと同じ席に着き、改めて自分の膳を見るとにしんの煮物とひじきと野菜のみそ汁という献立だった。
ふとある事に気付き、文次郎が呟いた。

「最近ひじきの煮物が多いな」

「そうか?」

「今週に入って既に三回は出てないか?」

「きっとひじきの海藻が異常発生してんだよ」

「冬にひじきが異常発生してたまるかっ」

「あははっ!!細かいことは気にするな。ひじきを食べたら長生きするぞ〜」

「ひじきを食べすぎたら発癌の可能性が高くなるともいうが」

「滋養強壮剤を飲んでギンギンな文次郎は納得出来るけど、迷信を信じる文次郎はありえんな!!」

「うるせぇっ!!」

叫んだ途端に文次郎めがけて杓文字が飛んできた。
食堂に響くくらいうるさかったのだろう、食堂のおばちゃんが恐い顔して乱錠剣を投げつけた。
とっさに手甲で避けて床に落ちた杓文字を拾い、おばちゃんに謝りながら返す。
「分かれば良いの。気を付けない」とおばちゃんはすぐにいつもの笑顔で答えてくれた。
文次郎と小平太はお互いを見ると今度は小さな声で笑った。

最近ひじきの煮物が多い気がするのは、おばちゃんなりの優しさなのだろう。
小平太の事情はみんな知っている。
長次と小平太が付き合っていたことを知る人物は流石に少ないが、小平太の長次への懐き方は赤の他人とは思えないほどだった。長年の親友か実は兄弟だったのではないかというほどに。
突然長次がいなくなって学友も図書委員の後輩も教師もみんな悲しんだ。
何人かは悲しむのはもう疲れた…と無表情な顔で言ったが、無理やり感情を殺しているように見えた。

対して小平太への感情は人それぞれだった。
大切な仲間を失って同情する奴もいれば、自分たちは忍びを志す者、下級生ならまだしも上級生が他人の死にいちいち不安定になってどうすると呆れる者も多々いた。

忍者をしていれば早かれ遅かれ経験しなければいけない壁。
忍者にとって一番大事なものは己の雇い主と国の情報収集。
死や殺しに向かい合えなければ、忍者になる資格はないと上級生に上がるに連れ、何度も教師に教えられてきた。
ただそれと同時に命がなければ何もできない。
雇い主のため国のため自分のため…死ぬまでは這いつくばってでも生にしがみつけ、とも教えられた。
要するに教師の教えが矛盾だらけだった。


「やっぱりひじきは美味しいなぁ」

見ると幸せそうにひじきを食べる小平太の姿があった。
自分達はまだ忍者のたまごで、忍者のまえに人間なんだよな…と文次郎は心中で呟いた。

























「文次郎!文次郎!!」

「いちいち連呼せんでもええ!何事だ!?」

「体育委員長としてもの申す!体育委員会と図書委員会の予算を上げろっ!」

「はぁぁ?ちょっと待て小平太。体育委員は分かるが何故図書委員の予算要求もお前がするんだ?」

「長次が言ってたの思いだしたんだよ。次の予算が入ったら購入したい本が何冊かあるって、題名をメモした紙を部屋で発見したんだ。これがこの一覧。長次が気になる本なんだから絶対面白いに違いないよ。私も読みたい!!」

言いながら小平太は小さな紙切れを文次郎に渡す。
確かにどれも興味をそそる題名ではあった。
人間は金より価値あるものを本のなかに隠している。という言葉があるように、本の情報は大変貴重なものである。分かってはいるが。

「今は無理だ」

「何故だ!?」

「何度も言うが委員会の予算は決められた額から全委員会に平等に分け与えなければならんのだ。委員会に依って必要な物は違う。急な出費にも対応できるよう赤字にならんように監視・調査するのも会計委員会の仕事なんだ。俺だけの判断で勝手に予算計上することはできないんだよ」

「ちぇー、つまんないの。それじゃ次の予算会議までに計上できるかどうか頑張ってよ」

「ああ…。俺の努力でどうこう出来るもんじゃないが、考えてはおく。因みに体育委員会は何を要求するんだ」

「バレーボールと耳栓」

「却下ーっ!!」

「ちょ、即答!?」

「当り前だっ!!耳栓は論外!!お前またバレーボールを破壊したのか!?」

「破壊じゃなくてちょーっといけどんアタックしたら割れたというか…」

「それが破壊だってんだよ!!バレーをするなとは言わん。だが物を壊すのはやめろ」

「気を付けてたけど…ごめん」

「どうせ体力が有り余ってんだろ。…仕方ない、一緒に鍛錬でもしてやるからそれで我慢しろ」

「本当!?みんな忙しくて1人で退屈してたんだ。文次郎好きだっ!!」

言うと小平太は文次郎に抱きついた。

小平太は楽しい時、嬉しい時、幸せな時に仲間に抱きつく癖がある。
このぬくもりは心地良いのだが油断するとそのまま地面に倒れることがある。
大型犬が全身で飼い主に愛情をぶつけるような勢いで、可愛いしぐさではあるのだが手加減を知らない。
共に倒れるのは男の名が廃るので全身に力を入れて文次郎は小平太の全体重を支えた。








鍛錬といってもいつもと変わらない。
お互いの得意武器で勝負したり山をいくつか越えてのマラソンをしたり塹壕や匍匐前進で泥だらけになったり。
その日も至っていつもと変わらない時間を過ごした。
陽はとっくに沈み、晩ご飯の時間も過ぎてしまった。

今日は自炊でおにぎりでも作ろうか、その前に風呂に入らなければいけないと文次郎は考えながら小平太に声をかけた。

「そろそろ帰るか」

「うん」

小平太は同意するも何故かその場を動かず、木々の隙間から覗く月を見ていた。

「文次郎と二人だけの鍛錬なんて久し振りだな」

「寂しいか?」

「どうだろ。否定すると嘘になるが、肯定するには今が幸せすぎる。長次がいないのは寂しいけど私には文次郎がいるから大丈夫。なんか私って矛盾してるな」

「いや、人間なんてそんなものだろうよ」

答えると文次郎を見ていた小平太は幸せそうな笑みを返した。
文次郎は小平太の手を優しく引くが、また月を見上げて動かない。
何か思うことでもあるのだろうか?

森の中は既に暗闇だ。
不幸な事故が起きて間もない今、夜間授業がない内は出来るだけ陽の中で覚醒していたい。

「そんなに月を凝視するな。一寸先は闇だぞ」

「一寸先は光かもよ?」

文次郎の言葉にすかさず小平太が答えた。

「小平太?」

文次郎が小平太を見ると何故か儚い笑顔を向ける姿があった。
文次郎がどういう意味だと問うような視線を送るのに気付いた小平太が「細かいことは気にするな」といつもの口癖を言い、逆に文次郎の手を引っ張って学園へと走った。


月の光は酷く明るくて、一層闇を濃くしているように見えた。



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