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作品


 血痕記念日

カタカタ…カタ…カタカタ…

忍たま長屋まで歩いてる間、ずっと伊作の荷物だけが小さく鳴っていた。
それ以外には何の音もない世界。
雪が降るほど寒くはないが吐いた息はかすかに白く消える。

目的の部屋につき、扉を開けると部屋中に充満していた薬品臭が漂う。
普通の人間よりも嗅覚の鋭い小平太にその匂いはキツかった。



「小平太は怪我してない?」

「私は大丈夫。殴っただけで抵抗されなかったから」

最初に伊作が小平太に声をかけた。
いくら喧嘩の張本人でも怪我人だったら放っておくことは出来ない。
小平太の無傷を確認してほっとしたが「怪我がなくて良かった」とか「心配した」という声掛けはおかしい。
話を進めたいがその言葉も上手く見つからない。ちらりと視線を文次郎に向ける伊作の表情に文次郎は気付き、後を続けた。

「小平太、お前大事なこと忘れてねえか?」

「大事なことって?」

「お前が最後に長次に会ったのはいつだ?」

「何言ってんだ。文次郎も一緒にいたじゃないか。数日前の課外実習で一緒に落城させただろ」

「「「…………」」」

「なんで皆黙るんだ?長次はあの忍務の後、城にまだ用事があるからって行ったんじゃないか。文次郎は忘れたのか??」


やはりこいつの記憶は偽りだった。
城に用事だと?
炎上した城になんの用事があるというんだ。ばかばかしい…。
いつ長次がそんなことを言った?
あいつの最期の言葉はお前を気遣う言葉だったじゃねえか。


「小平太よく聞け。長次はあの城にいない。勿論此処にもいない。もうこの世にいないんだよ」

小平太はいきなり何を言い出すんだ?冗談だろ?とでも言いたげな強張った顔で文次郎を見る。

「文次郎…お前さっきから何わけの分からんことを言ってるんだ?」

「わけの分からんのはお前の方だ。お前、大事なこと忘れてんだよ!!長次はもうこの世にいないんだ。長次の最期、小平太も見ただろ!?瓦礫の下敷きになって炎に焼かれて…あの状態で助かるはずがないだろ!!?」

小平太は丸い瞳を見開いて文次郎を見つめることしか出来なかった。
それは自分の中の悪い夢だと信じていた。
あの惨劇はただの悪い夢で目が覚めたら忍務から帰った長次が優しい声で「ただいま」と言ってくれるはずだと。

――だって私にとって長次のいない世界は存在しない。
長次のいない世界は悪夢でしかない。だから今の時間も全ては夢なのだと。


「小平太にね、見てもらいたい物があるんだ」

伊作が言いながら小平太の前に風呂敷を置く。
スルスルとほどいた布の中から丁度同い年くらいだろうか、人間の頭蓋骨が出てきた。

「これは?」

「長次の遺骨だよ。昨日、僕と留とであの城の跡地に行ったんだ。僕達二人で追加実習をもらって落城した周辺土地を調べろってね。それで予め文次郎に長次はどの辺で死んだのか聞いて探したんだ。その周辺一帯には遺骨はひとつだけだったから、その骨は長次に間違いない」


「そっかぁ…。長次は死んだのか……」

小平太は漸く納得した。
長次だった者の頭蓋骨を壊れないように優しく抱える。
その顔に表情はなく、小さく呟いた言葉は自分に言い聞かせているようだ。

「長次はもうこの世にいないんだな…」

途端に小平太は頭蓋骨を抱きしめながら俯いた。
ひどく小さなすすり泣く声がして、骨に涙が落ちていく。

「もう、長次はいない。私の頭を撫でてくれない。抱きしめてくれない。一緒に遊んでくれない。私の傍にいてくれない。私の名前を呼んでくれない…。長次…。私はこんなに呼んでるのにもう会えない…長次ちょうじ…」



――長次がいない。
――寂しい悲しい辛い恐い、独りぼっちはもう嫌なのに……



ふいに小平太の身体を温かいものが包んだ。
見上げるとそこには大事そうに小平太を抱きしめる文次郎の姿があった。

「お前はまだ独りじゃねえ。俺がいる。長次がいなくても俺がお前を撫でてやるし抱きしめてやる。一緒に遊んでやるし傍にいてやるし、何千回何万回だって名前を呼んでやる。それに、お前が二度と悲しまないようにお前よりも長生きする。絶対にお前を幸せにするから…独りぼっちになるな」

「本当に…?」

「こんな時に嘘なんて言うか、バカタレ。…お前が好きなんだ」

「私も文次郎のことは好きだ。でもごめん、一番は長次なんだ。それでも良いのか?」

「んなこと知ってる。だがお前の笑顔が見られるならそれでも良い。俺の傍にいろ」

文次郎が言うと同時に小平太は文次郎に抱きついた。
右手で大事に頭蓋骨を抱きしめながら左手を文次郎の背に伸ばす。
文次郎も力を入れ過ぎないよう細心の注意を払い両手で小平太を抱きしめた。


六年は組の部屋なのにいつしか其処には文次郎と小平太しかいなかった。
みんないつの間に退却したのだろう。
いざという時には空気を読んでくれる仲間に感謝しながらこれからからかいの対象になるのだろうと小さなため息をついて扉を開くと初冬の空が広がった。

長次は無事に成仏できただろうか。
仲間想いで動植物を愛する優しい男だったから間違いなく天国へ逝けるだろう。

空を見上げると雲に隠れた太陽の光が、天へと昇る梯子のように反射していた。



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自分の部屋で他人が告白するだなんて六年は組不運すぐる(゜_゜>)


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