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 スイカズラの咲く頃に〜Short Version〜
伊作と乱太郎の小話



小鳥遊々様にいただきました、イラストを受けたお話です。
――― ! 注意事項 ! ―――――――――

*書き手は小説がどへたです
*キャラクターが崩壊気味です


以上、差し支えないという猛者の方のみ、スクロール願います。

























スイカズラの咲く頃に

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「伊作先輩―」

常々見上げている五つ上の先輩の頭が、今はいっそうはるか上にある。
くい、とさらに振り仰ぐと、頭に載せた竹笊ごしに初夏の太陽が眩しくて、乱太郎は思わず円い目を糸のように細めた。

「どうした?そろそろ休むかい?」

踏み台をぎし、と軋ませ振り返りざま、手のひらに集めていた白い蕾を、乱太郎の頭の笊にほろほろとこぼしながら、伊作は笊の下でぴかぴか光る丸眼鏡を覗き込む。
二年と三年は午後も合同実習があるために、今日の保健委員会に集まったのは、当番の伏木蔵を除けば乱太郎と伊作の二人だけ。
薬の整理には人手が足りないし、たまには外に出ようかと言う委員長に誘われるまま、乱太郎は伊作とともに薬草園で摘み取りをすることとなった。
これからは夏風邪をひく生徒も多いからね、と伊作が指し示したのは、椿の垣根を覆うように繁茂した、蔓に咲く白い花だった。
金銀花、あるいはスイカズラと呼ばれるその花は、反り返った花弁と、長い雄蕊が特徴的な、面白い形をしている。
伊作によると、あまたの生薬のなかでも薬効が広く、特に喉からくる風邪には効果があるらしい。
こうして蕾を一つずつ、丁寧に摘み取ったあと、日干しにして保管するのだといった。
それは、よくわかるのだけれど。
先ほどから乱太郎の頭の高さの踏み台の上からさらに背伸びをして、高いところの蕾にばかり手を伸ばす伊作が少し心配で、乱太郎は声をかけたのだった。

「あの、もう少しとりやすいところにも咲いてますけど・・」

大体、乱太郎でもすぐ届くようなところにも沢山蔓が伸びているというのに、伊作はそれに見向きもしないのだ。
乱太郎にはそれが不思議でならない。
しかし伊作は、乱太郎の言葉に「うーん」と困ったように笑っただけで、再び垣根に向き直ってしまう。

「上のほうが、今は蕾が多いんだ、それに・・・」

言いかけながら、伊作が、ひときわ高い枝に揺れる蕾を目指して蔓を手繰り寄せようとした、その時だった。
上空からひゅるる、と風を鳴らす微かな音の接近に、蔓を引く手がぴたりと止まる。
はっと見開いた瞳に映ったのは、青空を切り裂き、高速で回転しながらまっすぐにこちらへ飛んでくる、黒い鉄の輪。

(戦輪!)

そう確信したときにはすでに、疾走する凶器は、研ぎ澄まされた刃を鈍く光らせ、目前に迫っていた。

「伊作先輩・・・?」

急に途切れた会話の行く先を見失ったのか、乱太郎が不安げに伊作を呼ぶ声がする。
おそらく何も見えていないであろう後輩に、

「伏せろ!」

と叫びながらも、ぞく、と背筋に寒いものが流れるのを感じた。
途端、伊作は一人、時が止まった世界に取り込まれたような錯覚を覚える。
ついさっき手を伸ばそうとしていた蔓が、すぱりと切り落とされるのを、見た。
自分は丸腰、当たれば軽症では済まない、と、知識より速く本能で悟る。
足場が悪い中、あれを避けて重心を後ろにかければ、後は落ちるしか道が無い。
躊躇する暇などありはしなかった。

(・・・っ・・・・・)

あわや、必死に身を引いた伊作の顔のすぐ上、紙一重を唸る風音を引いた黒い影が通りぬける。
ふわりと浮いた前髪が数本、切り飛ばされて風に舞う。
そして自ら投げ出された伊作の体は空に弧を描き、後ろざまに倒れ落ちていった。







どさり、と草の上に投げ出される感覚に、何とか受身もとれたようだな、と伊作は詰めていた息を吐く。
無論、落下した衝撃に全身が痺れたが、裂傷や酷い打撲の切羽詰った痛みは何処にも感じない。
学園中でも特に不運な生徒の集まるという保健委員会中に、これくらいの不運はいつものことであり、中でも委員長の自分は深刻な被害を被ることが多いのだが、何と今回は奇跡的に無傷で済んでいる。

(もしかして、今日は滅茶苦茶ツイてる・・・?)

と、呆けたように寝転んだまま、異様に前向きな思考を巡らせ始めていたが、

「いっ伊作先輩!しっかりしてください!」

心配の色を目にいっぱいたたえて自分を覗き込む乱太郎の声にはっと気がついて、伊作はむっくりと起き上がった。
そのまま草の上にゆるく胡坐をかき、

「はー。びっくりしたー」

安堵のため息とともに、やや放心気味に呟けば、
やはりぺたりと座り込んだままの乱太郎が気遣わしげに見上げてきた。

「お怪我はなかったですか?」
「ああ、うん。乱太郎は?」
「私は大丈夫ですけど・・・危ないなあ、もう」

がっくりと脱力して憤慨する乱太郎の視線の先には、一列だけ見事に頭を落とされた麻の畑が続いている。
一閃の刃が切り拓いていった軌道をさらに追うと、伊作を掠めた戦輪は、あれから大きく孤を描いて校庭の方へ戻っていったようだった。

「滝夜叉丸の自主練かな、相変わらず見事な腕だね」

参ったとばかりにそう言って辺りを見回すと、草の上に投げ出されて傾いだ竹笊が目に入った。
広い笊を使っていたためか、丹念に摘まれた大切な金銀花は、先ほどの騒ぎの中でもほとんど零れずに済んだようだ。
思わず、ほう、と顎に手を当て、

「やっぱりツイてるなぁ」

声に出して呟くと、乱太郎はきょとんとして伊作を見つめてきた。
不思議そうにする後輩ににっこりと笑って見せ、

「もうそろそろ終わりにしようか」

声をかければ、はい、と素直に立ち上がる。
ぱんぱんと水色の袴を払う乱太郎を傍目に、伊作はゆるい胡坐のまま、手近な金銀花の茂みにすっと手を伸ばした。
指先で撰ぶようにしてぷつり、と一輪摘むと、

「はい、今日のお駄賃」

と乱太郎に差し出しす。

「私、風邪ひいてないですけど・・」

戸惑いながらもふわ、と開かれた乱太郎の手のひらに、花を一片ころりとのせた。

「金銀花という名前は、この花が咲いた後に白から黄色へ色を変えるからなんだ。」
「はあ・・」

乱太郎は、まじまじと手の中の花を見つめる。
確かに、蕾や咲きたての純白と比べると、幾分黄身色がかっているようだった。

「こんな風に、黄色くなって熟すると、蜜もぐっと甘くなる。それをこうやって、」

伊作は、もう一つ茂みから花を選ぶと、花のうてなを爪でかき取り、細い付け根を唇に咥えてその蜜をちゅう、と吸ってみせた。

「美味しいよ」

花弁を咥えたまま、やってご覧、と微笑む伊作に、乱太郎も見よう見真似で花を吸ってみる。
一瞬遅れて、口の中にふわりと広がる優しい花の香りと無上の甘み。

「ほんとだ、甘―い!」

南蛮の砂糖菓子みたい、と子供らしく喜ぶ乱太郎の様子に、伊作は我知らず、目を細めた。
懐かしい花の香りと微かな甘みに誘われて、遠い日の記憶がぼんやりと蘇る。
今にも消えかかる感覚を手繰り寄せようと、花弁からそっと唇を離すと、浮かびあがってきた思い出が、ふいにぽろりと零れ出た。

「この蜜を唇に塗って眠ると、夢の中で食べ物を食べることができるんだ」

独り言のような呟きに、もう蜜の尽きただろう花芯をまだ控えめに吸っていた乱太郎はぱちりと目を見開く。

「夢の中で、ですか?」
「ああ、うん、夢の中って、食べようとすると目が覚めてしまうよね。それが、本当に食べられるんだそうだよ」
「すごい、ほんとですか?」

興味津々、きらきらと瞳を輝かせる乱太郎に、

「うーん、実は子供の頃に御伽噺で読んだおまじないだから本当かどうかはわからないんだけど」

そう前置きしながら、伊作は摘んだ金銀花を、指先でくるくると弄んだ。
揺れる木漏れ日のもと、二人の目線の高さで、金色の光が踊る。
それを眩しそうに見つめていた瞳をふい、とあげ、

「難しいことはともかく、そういう薬効もあるかもと思った方が、面白いよね」

と、伊作は楽しげにに言ったのだった。

「そうですね、特にしんベエなんか、どっちゃり塗って寝そうです」

人気の無い薬草園の新緑に包まれて、誰にきかれる訳でもないのに、二人は何故か声を潜め、くすくすと笑った。







気がつけば、日差しはやや西に傾きはじめている。
他の委員会の活動も、そろそろ終る頃だろう。
さて、と立ち上がると、伊作は乱太郎をいつも通りの高さから柔らかく見下ろす。

「もう少し経ったら、蕾が開いて黄色いのも沢山増えると思うから、しんベエやきり丸と一緒に吸いにおいで」
「えー!いいんですか?」

仲良し二人を巻き込む誘いに、ぱあ、と表情を明るくする乱太郎を微笑ましく思いながらも、伊作は少しだけ釘をさす。

「ただし、みんなには内緒にね。勿論すっかり無くなってしまうと、あとで困る。あー・・・それから、きり丸に商売されないように。」
「あ、はい・・・善処します・・」

労せずとも、目を小銭のかたちにして緩みきった笑い声を響かせる親友の顔がありありと浮かび、乱太郎は頭をかいて苦笑した。
と、折りよく、遠くから乱太郎を呼ぶ声がまばらに重なり、乱太郎と伊作は顔を見合わせる。
遠い声にどちらともなく引き寄せられて薬草園の入り口まで出てみると、校舎裏からこちらを見つけたらしいきり丸、しんベエがさかんに手を振ってきた。


「噂をすれば影、だね。今日はお疲れ様。」

ねぎらう伊作に、乱太郎は、お疲れ様です、ありがとうございました、と元気よく挨拶してぴょこんとお辞儀を一つした。
答えがわりに笑顔で頷き返せば、くるりと背をむけ、走り出す。
たしたしと草を蹴る軽い足音が、小気味よい速度で遠ざかるのを聞きとどけ、伊作は、笊を回収しなくては、と再び椿の垣根へ目線を向けた。







夕暮れの淡い光の中、きり丸・しんベエと並んで歩きだした乱太郎の足は、どこか弾んでいるようだった。
午後いっぱいみっちりと行われた委員会活動により、少なからず疲弊している二人にとって、その上機嫌なにこにこ顔はいささか不思議なものに映る。

「お前、何かいいことでもあったのか?」
「委員会で美味しいものでも食べたとか!」

口々に訊かれて、しんベエのは当たらずとも遠からず、と乱太郎は笑みを深くする。
それがねぇ、と言いかけたところで、乱太郎は突然、ぴたりと歩みを止めた。
きり丸、しんベエも数歩進んだところでつられるように立ち止まり、乱太郎を振り返る。

「どした?乱太郎」

しかし、乱太郎は無言のまま二人にゆっくりと背を向け、ついさっき駆けてきた道を見通した。
薄くもやのかかった薬草園の入り口には、もう誰の姿もない。
金銀花を摘んだ時のように、そのままくいと空を仰げば、繭の形をした雲が鴇色に染まり、のんびりと流れていくところだった。
あの時は、気づかなかったけれど。

(もしかして、先輩はこのために・・・)

乱太郎は、きつねにつつまれたような、けれども暖かい気持ちで、まるい雲を、いくつもいくつも見送った。
――――ややあって
沈黙のまま動かない背中に些かじれて、きり丸が再びかけた声に、くるりとこちらを向いた乱太郎は、すっかりもとのにこにこ顔に戻っていた。
呆れ顔でこちらを見つめる親友たちに、乱太郎は今度こそ、あのね、と今日の出来事を語り始めた。






静けさを取り戻した薬草園の中を、伊作はゆっくりと歩く。
新芽が若葉へと柔らかく萌え、種々の花が開く初夏の薬草園は、植物たちの密やかな香気で満ちている。
迫り来る夕闇の気配に触れて、いっそう深く香り立つようだ、と伊作は思った。
椿の垣根から手を伸べる、金銀花の枝たち。
きっと乱太郎たちでも簡単に手がとどくところにも、ひっそりと白い蕾が集まっていた。
しゃがんで一枝すくいとり、痛めぬように優しく握ってみる。
濃い緑の葉の、瑞々しい冷たさが手のひらに心地よい。

(あと三日、いや金花になるまで、あと四日)

美味しい夢を見せられるほどに、甘く香って咲くといい、と、伊作はまだ若い蕾をそっと撫でた。












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ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます。
このお話は、「忍冬の散る頃に」の小鳥遊々様に頂いた素敵なイラストから着想しました。
一応、イメージはアニメ版です。

スイカズラは明治になってから日本に持ち込まれたという説もありますが、平安時代の医学書や、江戸時代の植物図鑑に記載があるようなので、忍術学園の薬草園にあってもいいかな、ということにしてしまいました。
食べ物を食べる夢が見られる、というのは、自分が小さい頃に読んだ童話からのパク・・受け売りです。(「ちいさいアカネちゃん」松谷みよ子より)


スイカズラの咲く、初夏という季節が大好きで、その勢いで書いていたら、歳時記になっていました。
伊作先輩にはちょっと夢を見すぎな気もします。すみません。
夢見ついでに、伊作先輩には伏木蔵にもちゃんとお花のお土産を持っていってもらいた・・(以下自主規制)
今回、三人組の描写ちびっとでしたが初挑戦でした。
忍たまに出会って15年が経ちます。
その頃から変わらず、三人組を誰より愛しています。
なので、つい、伊作を使って甘やかしてしまいました。

ここまで読んでくださった皆様と、小鳥遊々様に、心よりの感謝を申し上げます。



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