鯛狆の置物
授業も委員会もない休日、文次郎は仙蔵に誘われて新しく出来た町外れのうどん屋へと来ていた。
忍術学園を出る前にろ組の二人も誘ったが、長次は実習期間のためなかなか出来なかった書庫の整理、小平太は体育委員の用事で来なかった。は組の二人は…やめておこう。
他愛もない話をしながら目当てのうどん屋に着いた。
店奥の席に座り看板娘に「素うどん二つ」と注文してから置かれた茶を飲んだ。
「ここには素うどんと笊うどんしかないのか?」
耳うどんや志乃うどんが食べたかったと店内の壁に貼られている竹板の品書きを見ながら仙蔵が小さく言う。一体こいつの出身地はどこなんだ?
出された素うどんはコシありエッジが立っていてとても美味かった。素うどんは饂飩の基本でその味で店の腕が分かる。なるほどこの店はよく繁盛している。
そのまま学園に帰るのは勿体ないと近くの町へ来た。
仙蔵は女のたしなみというか女心をよく分かっている。町中の買い物でもあちこちの店を見て回り楽しそうだった。
少々付き合うのに疲れたと仙蔵から離れると文次郎はふとある骨董品屋の前で足を止めた。
小さな犬が大きな鯛を抱えた、文次郎の片手に納まるサイズの置物だ。犬の種類は…ちんころだろうか。
「お兄さん、それは鯛狆だよ。ここら辺では珍しいだろう?」
文次郎に気付いた店の店主が人の良い笑顔で言う。
やはりちんころだったか…もちろん文次郎は初めて目にする。
「讃岐や伊勢の郷土玩具でさあ『災いを去ぬ(いぬ)』と『目出度い』を組み合わせた縁起物ですよ」
神社の狛犬のように、犬は外敵を防ぐ役割がある。犬に配する鯛の色は邪を祓う神聖な赤で「めでたい」と「災いを去ぬ」というシャレから「鯛狆」と呼ばれる縁起物の土人形だと教えられた。
文次郎はふと恋人である小平太の事を考えた。
これを小平太にあげたら喜ぶだろうか。
あいつのことだ、何日もしない間にクソ力で壊してしまうかもしれない。だが土人形だから土に埋めれば自然に帰るか。
何でも貰った物は喜んで受け取るあいつだが置物をあげて迷惑ではなかろうか。
ちんころの割には可愛い犬だから小平太が壊さないように長次が見張ってくれるかもしれない。
決して安い買い物ではなかったが気付けば丁寧に包装されて自分の手にあった。
少し上機嫌で店を出ると一部始終を見ていたのか仙蔵が面白そうな顔で文次郎を見る。
「小平太への土産か?」
「まあな」
「犬と鯛の置物に見えたが…」
「ちんころだ」
「…ちんkっっ!?狆か!?」
「俺の地元では狆の事をちんころとよんでたんだが、何か変か?」
「いや別に…可愛い犬だな、小平太の喜ぶ顔が目に浮かぶ」
そう言うが仙蔵の顔は意味ありげに笑っていた。
******
忍術学園に帰ると自室に戻らず、まずはろ組の部屋へ向かった。中には小平太の気配がする。
「小平太、いいか?」
「文次郎!おかえり、楽しかったか?」
文次郎を自室に迎える小平太は今日の話を聞きたくてうずうずしている。今日行ったうどん屋のうどんは美味しかったから今度は一緒に行こうと誘うと喜んでいた。
「それから、お前に土産…」
言いながら懐に手を入れ例の物を小平太に手渡す。
小平太は嬉しそうに包みを開けると中の置物に若干微妙な顔をした。
「郷土玩具で縁起の良い置物なんだが、気に入らなかったか?」
不安になって聞くが、小平太は否定の意で首を左右に振る。ではその表情は何なんだ?
「文次郎がくれた物は何だって嬉しい、狆は可愛いし。ただ…何だって鯛狆の人形なのだ?これは安産・多産を願う嫁入り人形なんだぞ」
そう言った小平太の顔は鯛のように赤かった。
そして先程仙蔵が意味ありげに笑っていたのを思い出して、文次郎も赤面した。
⇒END