RKRN小説/短編 | ナノ
作品


 届かない手紙

―――何も言わなくても―――


「なあ、文次郎。お前、長次の見舞いに行くんだろ?ついでにこれを長次に渡してはくれないか?」

そう言うと小平太は一通の文を文次郎に手渡した。
雪が積もりはじめる年の終わりの頃だった。








村はずれの小さな小屋の中、中在家長次は古い布団に臥せる生活を余儀なくされた。
医師に不治の病と申告されてから三年が経つだろうか。
日に日に衰えている身体は限界を悟った。いや、医師には一年の余命と言われたのだ。忍びとして修練したこの命はよくもってくれた。
だが、こんな醜態を晒すくらいならとっとと病に侵されて逝くべきだった。

長次の住む小屋の近くには小さな村の集落がある。
そこには学園生活時代、同じ委員会の後輩だった不破雷蔵が鉢屋三郎と共に住んでいる。
学園を卒業してからもずっと一緒に仕事をしているらしい。今は自給自足で半農半忍として生活しているそうだ。
雷蔵は忙しい仕事の合間をぬって献身に長次の世話をしてくれる。
有難い反面、あながち迷惑でもある。自分は誰にも知られず静かに永眠りたい。
自分の最大の醜態はきっとこの後輩の瞳ににあられもなく晒されるのだろう。

長次の家には双忍以外の客はあまり来ない。
たまにかつての図書委員会の後輩が見舞いに来たり、金瘡医である善法寺伊作が診察に来る程度で他の来客はほとんどない。そんな中で珍しく立花仙蔵が見舞いに来ていた。

「…仙蔵が此処に来るなんて珍しい。何も持て成すことが出来ずすまない」

「そんなもの気にしなくていい。私だって本当はもっと早くに見舞ってやりたかったのだが」

「…仕事が忙しかったか。働くのは生きる上で大切なことだ、良い事じゃないか」

「ああ…まあ、そうだな」

仙蔵は小さく笑いながら土間のふちに座る。座ったものの草履を脱ごうとはしない。
そのかわり先ほどの穏やかな表情と打って変わって神妙な顔つきになる。こいつがこんな表情をするのは何か嫌な発言をする時だ。

「小平太が左遷されたそうだ」

長次は驚きのあまり布団から飛び起きた。
いきなり動いた身体が悲鳴を上げる。苦痛にグッと耐えるが仙蔵が心配そうに「おいおい…」と声を掛けるものの手を貸す様子はない。

「…小平太が…左遷された……?」

まるで山彦のように聞き返す。

「私も詳しくは知らないが、この話は文次郎から聞いた。あの二人は同城勤めだからな。どうやら仲間の忍者に裏切られたようだが、裏切り者が誰なのかまだ分からない。私は明朝まで不破の家に世話になる。その間に小平太に励ましの手紙でも書いてやれ」

そう言いながら仙蔵は立ち上がり小屋を後にした。長次は一人その場に取り残された。



暫くの間、長次は布団に臥せたまま暗い天井を見つめていたまま、ひたすら親友の身を案じた。
そっと布団を抜け出し、長いこと使っていなかった文机の前に腰を下ろす。
今にも燃え尽きそうなロウソクの炎が、長次の横顔をぼんやりと照らし、雨交じりの風が窓の隙間から吹き込む、寒い夜だった。

某城で文次郎と共に順調に出世していた親友の小平太が、仲間の裏切りで突然下位に降格されたと知り、自分の余命を聞いた時よりも大きなショックを受けた。そして、友を励ますために自由に動かない身体に命令し痙攣しながら筆を握る。途中で何度も吐血交じりの咳をしながらいくつもの詩を書いては破り、書いては破りした末にようやく一つの詩を書きあげた。
そのころには外で朝を告げる小鳥の声が聞こえた。

日が昇り暫くすると約束通り仙蔵が来た。
長次から小平太への手紙を預かると、床に小さな包みを置く。長次が聞くより先に包みの中を教える。

「もう身体は末期なのだろ?気休めにしかならないが痛み止めを置いておく。どうしても"辛い"時に呑め」

言うと早々仙蔵は長次の家を出た。
長次は重い身体に命令して布団から抜け出し、薬の入った包みを手に取った。中から少量を取り出し、何の痛み止めか匂いで確認した。

「…そうか」

中在家長次の亡くなる二日前のことだった。










――左遷されたけど、今はもう何とも思ってないよ――


文次郎はいつもの忍装束でなく、ありふれた旅人の出立で勤め先である城を出ると、何時間と山道を歩いていた。
数日前に城内で小平太と交わした会話を思い起こす。

「文次郎、お前が武庫に戻れば、私のことを心配する友人が私の近況を尋ねるだろう。その時はこう答えてほしい。”彼は今、清らかな森の池に落ちた透明な氷の塊のように、静かで澄みきった心境にある”と」

そう言いながら小平太は文次郎に一通の文を渡した。
左遷された当初は、怒りで腸が煮えくり返るような苦しみを味わった小平太だったが、今はもう怒りも悔しさも消え失せ、静かで落ち着いた気分で暮らしている。いや、そう見せかけている。

「もうすぐ長次に会わせてやるよ」

文次郎が確信のように言うと小平太が安心するように微笑った。
七松小平太の亡くなる二日前のことだった。






山道を抜けると今度は細い田舎道に出る。周りは田んぼや雑草、たまに農家や茶屋も見かける。
ふと、道の向こう側から見慣れた、だが何年かぶりの友の姿が見えて文次郎は目深にかぶっていた笠を緩めた。

「誰かと思えば、やはり潮江文次郎じゃないか」

「そういうお前は、立花仙蔵か」

かつての友人である仙蔵も深くかぶっていた笠を取ると昔と変わらぬ懐かしい顔で笑った。

「こんな所で会うなんて奇遇だな、小平太の様子伺いか?」

「ほぉ、だったらお前は長次の見舞いか?立ち話もなんだ、其処の土手にでも休むか」

季節は冬だから仕方ないが雑草しか生えていななだらかな土手に二人して無造作に座る。春になればここも一面の菜の花畑になるだろう。そんなことをぼんやり考えながらずっと隠していたことをやっと吐き出した。

「小平太が左遷になったって仙蔵に知らせの文を送っただろ?実はその犯人は俺なんだ。小平太を裏切った仲間の忍者ってのは俺なんだよ」

「そうか…」

仙蔵は小さく答えてから何も言わない。きっとこの男は最初から知っていたのだろうなと、文次郎は空を見上げた。

「他に違う手段があれば良かったのだが…」

今更ながら自分の行動に後悔する。小平太が左遷される前のことだった。
長次が不治の病で余命はわずかとの連絡を受けた時、文次郎の隣でそれを聞いていた小平太は荒れに荒れた。最初は文次郎でも感情の高ぶった小平太を止めるのに疲労困憊するほどで、小平太の心境が痛いほど分かるが故に文次郎も辛かった。他の仲間に被害が出ないよう、上司と相談して城内の一室に療養という名目で隔離した。それが一週間もすれば小平太は徐々に落ち着きを取り戻すが今度は何をするにも心ここにあらずといった状態だ。そんな中で以前から睨みをきかせていた某敵城との戦が勃発した。
二人の所属する忍軍も人手不足で隔離中だった小平太も無理やり駆り出された。
その時の小平太の微笑、戦場での小平太の清々しい笑顔は今でも忘れられない。
文次郎は確信した。あいつは死所を探している。
結局その戦では多勢の死者を出さずにすんだが、今回のことを懼れた文次郎は己の出来る限りの頭脳を駆使し、入念に誰にもばれないよう作戦を決行して小平太を下位に降格させた。
自分の部下として、自分の側に置いておけるように。だが、それも結局は自分善がりの我儘にしか過ぎなかった。

そこでまた小平太の最期の言葉を思い出す。

『彼は今、清らかな森の池に落ちた透明な氷の塊のように、静かで澄みきった心境にある』

しかし、こんな伝言を聞いて長次が安心するとでも思っているのだろうか。深い森にポツリとある池に守られた氷の塊には、静けさと清らかさはあっても、温もりが感じられない。
本心をうまく隠してはいるが、小平太の孤独さが痛いほどに伝わってくる詩句だと文次郎は心中で呟いた。

「何を今更やったことをうだうだ後悔しているんだ、お前らしくもない」

視線を合わせないまま仙蔵が言う。

「言っておくが長次への見舞いはやめておけ。あいつはもうこの世にいない。私が毒薬で殺したからな」

「小平太の様子伺いも止すんだな。あいつももうこの世にいない。俺の部屋の天井に吊るしてきた」

「俺たち似た者同士だな」とどちらともなく呟くと仙蔵は雑草を見つめながら、文次郎は空を見上げながら泣いた。
冷たい氷の塊はいつしか融けて無くなる。それと同じで辛い人生もいつかは終わりを迎える。
本当にこんな結末でよかったのだろうか。

「私たちはもう、どう足掻いても罪人なんだ。故人の手紙を盗み見しても大して変わるまい」

そう言いながら仙蔵は文次郎に長次からの文を渡す。
文次郎はそれをほんの少し戸惑いながら受け取ると、代わりに小平太からの文を仙蔵に手渡す。
文を広げると懐かしい友の、所々に血が染みついた文面を見つめた。

『燃え尽きそうな灯火が、薄暗い光をゆらゆらと放っている。今夜、お前が左遷されたと聞き、瀕死の床についていた私は、驚きのあまり布団から飛び起きてしまった。夜の闇をついて雨交じりの風が寒々とした窓から吹き込んできた』

左遷された友人に慰めの声をかける訳でもなければ、友人を左遷に追いやった者を声高になじる訳でもなく、ただ淡々と左遷を知った時の自分の動揺だけを伝える長次の詩には、親友を気遣う長次の真情があふれていた。

ふと手紙の隅に小さく『もうすぐ小平太に会える気がする』と長次の字で書いてあるのに気付き、文次郎は身震いした。

仙蔵は小平太の手紙を広げる。
そこにはただ『もうすぐ会いにいく』とだけ書かれていた。仙蔵は顔を上げると「あいつらしい」と微笑った。

定かではないが、もしかして俺たちは二人揃って六年ろ組の名コンビに仕組まれたのかもしれない。
そう心の中で自分を正当化して、あの世のどこかで再会しただろう二人に悪態をつく。

「長次が死んだと知ったら双忍の片割れが私を怪しむに違いない。私は抜け忍も同然だ」

「それだったら俺も。あいつは不自然に俺の部屋で首を吊ったんだ。俺は黙って城を出たから今頃城では犯人捜しだろうな」

「抜け忍同士、仲良くするか」

立ち上がると互いに手を握りしめ、疾風の如く駆ける。
二人の抜け忍はついに誰も見ることはなかった。



⇒END

最初に考えてた話と全然違うし、文次郎の役割も大幅に変わったし、途中から書いてる本人が何を書いてるか分からなくなるという参事。
間違えて長こへと記してましたが、正しくは六ろです。すみません、長こへではありません。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -