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作品


 二人と一匹

私の相棒を紹介します。
そいつは私、七松小平太がこの世に生を受ける少し前から我家にいました。
年齢は推定一ヶ月、元は捨て犬だったのを両親が里親として迎え入れたらしいです。
最初はそいつを含めて六匹がいて、まだ母犬の乳しか摂取できないとても小さな命。でも、他の五匹は栄養失調で長い時間厳しい外気に晒されていたせいで、両親が保護した時には既に冷たくなっていたそうです。
そんな中で唯一生き残っていた仔犬、長次は中でも一際小さい仔犬に寄りそって震えていました。


長次は我家に来てすぐは何を与えても口にしない、興味をしめさないと私の親は心配していました。動物病院に連れて行き、体力がないせいなのか抵抗もせずじっと注射をうつ日が続きました。
そんな中、私の母が陣痛を訴え私が生まれました。
母に優しく抱きしめられながら初めて我家に帰った私を迎えてくれたのが、以前までの大人しさが嘘のように尻尾を振りながら全身で喜ぶ長次だったそうです。
両親はこの時、初めて長次の「くぅん」と鳴く声を聞いたと毎年私の誕生日に話します。
それからは毎日が楽しくてかけがえのないものでした。


両親が仕事や家事で忙しい時、私の子守りをしてくれたのは長次でした。
私が善悪の区別も付かず、長次の耳や尻尾を引っ張っても怒ったり噛み付くことは一度もなく、私が部屋の危険な場所や危ない物に近付くと私の服をゆるく咥えて制止します。それに対して私が癇癪を起こして泣き喚くと、やっと気付いた母がやってきてましたが。私が大きな怪我なくのびのびと過ごせたのは長次が守ってくれていたからだと思います。

もしかしたら私は犬に育てられた人間なのかもしれません。


年少期になってから私は少し人見知りでした。今では想像できないほど、いや、私自身があの頃の私は本当に私だったのだろうか?と錯覚するほど。
どうしてかはうまくいえませんが私は恐かったんだと思います。何が恐かったのかは私にも分かりません。何か大切なものを失いそうな気がして。
あの頃は両親も共働きで保育園、小学校とずっと一人で友達と遊ぶこともなく教室からボーっと空を眺める日々が続きました。
学童保育も馴染めない人達と一緒にいるよりも家で長次と留守番をしたいと言う私の我儘で三ヶ月も経たずに通わなくなりました。
庭で長次と追いかけっこやボール遊びをしたり、疲れたらリビングで長次と昼寝をする毎日でした。え、これじゃ留守番にならない?大丈夫、長次は私よりも耳が良いし賢いから。
以前に一度、怪しい不審者が我家に忍び込んできた時には番犬として勇敢に戦い、部屋の隅で怯えて泣いていた私を守ってくれました。

長次は私の家族であり、かけがえのない親友なのです。


私が少年期になり暫くすると当初の人見知りはなくなり、クラスの友達との交流も広がりました。休み時間も放課後も、日が暮れるまで近くの公園や誰かの家で遊んだり。
仲良く遊ぶ半面、大切な友達なのに喧嘩をしてしまうことも少なくありませんでした。
当時好きだった女の子に好意を伝えて嫌われたこともありました。
そんな時、平静を装って帰宅した私にそっと寄り添って慰めてくれたのも長次だけです。
やっぱり、本当に私の心配が出来るのは生まれた時からずっと一緒にいた長次だけだ。そして本当に長次を理解してるのも私しかいない。

長次にとって私は特別で、私にとっても長次は特別な存在なんだ。


時間が過ぎるのは瞬きをするほどに早くて気付けば私は青年になっていた。将来のことなんてまだ何も考えていない。
ただ最近、長次の調子がおかしい気がする。
以前のように食欲がないし、散歩の時間も短い。走ることもなくなったし、一日の半分以上を寝て過ごしている。そして、あんなに自慢だった長次の柔らかな毛並みは少しツヤを無くしている。
心配になり近くの動物病院で診てもらうと「老犬ですね」と点滴をしてもらい、薬を処方された。
処置室の隅に並んでいるプラスチック製のサークルの中で大人しく点滴をされている長次の傍に寄りそう。私が寂しい時、辛い時、悲しい時にいつも傍に長次がいてくれたように。
私も長次も生まれた日はそんなに変わらないのに。
人間の18年と犬の18年はこんなに違うものなのか。

私は授業が終わると部活に顔も出さずに帰宅する日々が続いた。
そして私の嫌な予感は当たってしまい、ある日長次の容体は急変し、動物病院に駆け込んだがすぐに「くぅん」と蚊のなくような小さな声で鳴いたあと、静かに息をひきとった。

私はその日、初めて独りで泣いた。


大切なものを失ったのに、皮肉にも時間は変わらず流れている。
春になり、私は新しい街で一人暮らしをしながら大学に通うことになった。
今日はその一日目だ。
慣れないキャンパスを一人で歩いていると木の根元にあるベンチで文庫本を片手に持ちながら私を凝視する、両頬に傷のある深茶髪の男の姿があった。
生憎だが私はその男を知らない。気付かないふりをして男の前を通り過ぎようとしたがふいに男が小さく私の名前を呼んだ。

「…小平太」

「…長次……?」

男の声は私のかけがえのない親友と同じだった。いや、声だけじゃない。匂いも表情も。
私は思わずその男、いや、長次に抱きついていた。ぬくもりまでも変わらない。

「信じられない、本当に長次なのか?」

「ああ、私も信じられない。まさか本当にまた小平太と会えるなんて」

「これからは寿命までの時間は同じだ。最期まで一緒だな」

「そうだな」

そう微笑み合うと私たちは手を握りしめた。再会の喜びと新しい未来への出発に胸を弾ませて。



⇒END

一つの魂がいくつもの肉体に宿ることがあっても良いかも。
長次は前世の記憶持ち、小平太は記憶なし。
冒頭の仔犬が六匹だったのは…察して下さい←


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