RKRN小説/短編 | ナノ
作品


 胸の中にひそむ凶

「また近くの村で殺人事件があったらしい」

忍術学園の食堂で鍛錬仲間と昼食を食べているとふと文次郎が口を開いた。それは三ヶ月ほど前から何度も耳にする話題で酷い時には数日に一度のペースで事件が起きているらしい。

「今度の被害者も若者で、やはり不思議なことに遺体の胸元には『メ』という印傷があったらしい。今月に入って何度目だか分からんがこうも事件が多発していちゃかなわんな。次の休みにでも調べてみるか」

文次郎の思い付きに「面白そうだな」と小平太が同意する。だがしかし、殺人鬼を捕まえるべくすでに近くの村々の者は知恵を絞ったが、未だ手掛かりは一切ないと聞いていた。

「どうやって犯人を探すのだ?」

私が小さく訪ねると

「そうだな。細かいことは気にするな!」

小平太が満面の笑みで答えた。



******



午後の授業も終わり、私は学園長に学園から少し離れた寺へと文を届けてほしいとの使いを受けた。
外出の支度をしていると小平太が自分も行きたいと駄々をこねたが今日は体育委員会委員長と顧問の会議があったはず。そちらを優先しろ。と念を押す。だが、小平太は理解していながらも納得はしていなかった。

「どうして私の用事がある時に長次だけが使いなんだ。巷では若者が次々と殺されていて物騒なんだぞ。それに寺に行くにはその殺人現場を通らねばならぬではないか。いくら最上級生でも長次だけを行かせるなんて学園長先生は何を考えているのだ!」

「…殺されたらそこまでの実力だったのだ。当たり前のことだ」

長次の一言が気に入らなかったのか小平太は左手で長次の胸倉を掴むと反対の手で胸元を引っ掻いた。刃物で斬られたような突然の痛覚に声にならない悲鳴を上げる。
我を忘れて全身の力で小平太を突き飛ばすと小平太は盛大に床に倒れた。心の隅で悪いと思いながらもこちらも相当痛かったのだから自業自得だ。

ゆっくりと起きあがった小平太は何も言わないが代わりに視線で「行くな」と訴えている。
そんな小平太に構わず背を向ける。「用事が終わればすぐに帰ってくる」と振り向かずに戸を閉めた。


「長次なら大丈夫だろうが、どうしようもなく胸騒ぎがする…」

閉ざされた戸を眺めながら小平太が小さく呟いた。



******



なんてことはない。
無事に使い先の寺に着き、住職に文を渡し、任務が終わった。あとは普段歩きなれている山を越えるだけ、侮る気はないが心配して損した。
殺人鬼だって人間なのだ。気付く気付かないは別として死体でもない限り僅かでも気配というものは存在する。

だが、先ほどの小平太の言動には違和感を覚える。
普段なら六年生一人での使いを頼まれて、小平太は否定した事などあっただろうか。いや、少々危険な忍務でさえ「気をつけて行けよ」と笑って送り出してくれる。
なのに今日に限って突然怒りだし、終いには手が出た。
殺人鬼の噂くらいであいつがこんなにも不安になるものだろうか。


モヤモヤと考えているとふと山道の向かいに私とさほど年が変わらない男が現れた。
その瞬間、何故か胸騒ぎがした。

ひょっとしたら山賊の類かもしれない。私は内心身構えながらも男の横を通り過ぎようと歩を進めた。すると男はどこから取り出したのか鋭く光る短刀を握り私に襲いかかった。

その瞬間私は金縛りにあったかのように身体が全く動かなかった。腰を抜かしたわけではない。物の怪の類に化かされたように自分の身体が、自分の身体ではないかのように全く言う事を聞かなかった。

(こいつがその殺人鬼か…)

ようやく確信した。男は髪型や服装ははっきり見えるのに肝心の人相が黒い靄がかかったように見えない。男が片手で私の胸倉を掴むとそのまま着物の合わせを捲り直に胸を刺そうと短刀を振り上げた。
そのまま男は私の胸元を凝視するように見つめると、幽霊のようにスゥ…と消えた。

なんだったのだろう…?

山賊どころか人間とも思えない。物の怪の類だったのだろうか…?

ふと自分の胸元を見ると、そうか…と納得した。そこには先程小平太が私に付けた傷跡があった。かろうじて出血はしていないが鋭い爪で引っ掻かれたため『メ』の字に赤く腫れている。

早く帰らなければ…。

やっと自由になった身体で学園へと続く山道を進んだ。
六年ろ組部屋の戸を開くと中には委員会の会議も終わり不貞腐れて疲れたのだろう、こちらに背を向けて眠る小平太が目に付いた。
彼の背中越しに座り、濃藍の髪を優しく撫でる。

「おかえり」

「…ただいま」

「大丈夫だった?」

「…ああ、小平太のおかげだ」

「??」

小平太は意味が分からないという表情で私を見つめながら起きあがった。
さて、今回の事件の真相を言ってしまおうか、私だけのものにしておこうか…。
私は小さく微笑むと「もうすぐ夕飯の時間だ。文次郎も誘って食堂へ行こう」と立ちあがり小平太の手を握った。



凶という漢字は不吉をあらわす。
メの部分は刃物で刻まれた印を表し、それを囲む部分は心臓を守る助骨の形を表している。
凶の呪いは昔から引き継がれている。神社のお御籤で凶を引けば、誰もが憂鬱になるであろう。

また、悪い予感がすることを欲に胸騒ぎがすると表現する。
胸という漢字をよく見てもらいたい。その内には『凶』がひそんでいるのである。


この日を最後に殺人鬼が姿を現すことはなかった。


⇒END


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