RKRN小説/短編 | ナノ
作品


 『人』と『犬』と書く

生涯で最期に作った塹壕は驚くほどに浅くて不格好で、少年の頃の私が見たら「こんなの塹壕じゃない」なんて笑うかもしれない。

それでも良い。
ここが私たちの無常所になるんだ…。






忍術学園を卒業して私は一度も長次と会わなかった。
お互いに避けていた訳ではない。
私は小さい頃からの夢だった戦忍び、長次は広い世の中を自分の目で見て回りたいと放浪の旅に出たのだ。
寂しくないといえば嘘になるが月に一度は互いに文を送っている。私の方は長次に心配を掛けさせたくないと戦場での出来事や負った傷のことには触れず、どうしても何処其処の甘味が美味しかっただの何処にでも咲いている花を見ては季節を感じるだのといった他愛もない文しか書けなかったが、対して長次は自分の見た新しい世の中を文で沢山教えてくれた。巡中で描いたのだろう旅の風景画を同封してくれることも少なくなかった。
長次が実際目にした風景を長次の絵を通して私も見る。それだけで私も長次と一緒に放浪し実際にその地を訪れたような気分になれた。


それから何年経っただろう。
私は戦忍びを経て、とある城の忍者隊に所属した。
私自身は生涯戦の最前線で走っていたかったが、どこから嗅ぎつけて来たのだろう。
忍び組頭の上忍が私の元へ現れてスカウトをされた。
何度か断ったがあちらも諦めが悪いのか幾度も入隊を迫られた。家に押し入る度に強いられてはたまらん、細かいことを気にしない私は三年だけという条件付きでその城の忍者隊に就いた。

それからまた幾月かが過ぎた。
以前から特別敵対関係にあった城との合戦が勃発し、此方に不利なまま戦は終結目前に迫っている。
今正に私の瞳に映る目の前の世界は真っ赤で夕焼けに染まった空の色なのか、城を覆い尽くす炎が空に反射して赤いのか分からない。
私が仕えていた落城しつつある城は真っ赤に染まり炎が天高く昇っていた。地上では味方の兵と敵の兵が互いの命を奪い合うように一心不乱に殺し合っている。
もう己の血なのか返り血なのか、どれが人間でどれが死体なのか分からない。
真っ赤に染まった世界を私は木の枝に忍びながら戦場を見据えていた。

自分の城は落城している。
三年間という条件だったがこの戦を最後に城勤めはお役御免になるだろう。ならばかつての戦忍びのように戦場を走り回りたいと思い木から下りようと身構えると視界の端で敵の城の忍びだろう男が見えた。

(次の獲物はあいつだ)

私はニッと微笑すると音なく木から飛び降りて男の後ろから手裏剣を打つと忍びは間一髪でそれを縄で撥ね退けた。その瞬間相手と目が合った。

「!!!」

身体が鉛のように動かない。口内がかれたように声が出ない。私は信じられないものを目にしたようにただ茫然と立ちすくすしかなかった。それは相手も同じようで、忍び頭巾から唯一除く瞳を見開き私を凝視していた。

それは見間違うはずがない長年の友だった

「長次…」

やっと出た声は枯れていた。
それでも相手には届いたようだ。長次は昔のように小さい声で「小平太」と呼んでくれた。

どうして?長次は放浪の旅に出ていたはずなのにどうしてこんな所で逢う破目になるんだ。
長次とは殺し合う心配なんてないと思っていたのに、最悪の再会になるなんて。
分からないことだらけだ。

だが一つだけ解ることがある。
私は誰にも殺されない。そして、長次も誰にも殺させない。



そう決心した瞬間、私の視線の先、長次の背後に私の所属する忍び組頭が「七松、危ないっ!」と叫び長次に斬りかかろうと迫った。
私は冷淡にもその組頭の心臓目掛けて予め毒を塗貼していた棒手裏剣を打った。まさか味方に殺されるとは思っていなかっただろう組頭は信じられないものを見るような瞳でその場に倒れ果てた。
信じられないものを見たのは組頭だけじゃない。長次も再度驚愕した視線で私を見た。

「…小平太」

「良い組頭だったんだ。最初出会った時はしつこくスカウトされて鬱陶しかった。でも城内では何かと私を気にかけてくれて厳しい中で意見も聞いてくれて、良い人だったんだ。あまり見せなかったけど本当は優しい人だった」

それなのに、やっぱり私には長次しかいない。長次以外の選択なんてないんだ…。

「…小平太、一緒に帰るぞ」

長次が私の頭に手を添えてくれた。一体どこに帰れば良いのか分からないが何年か振りの長次の手の温もりに安心して私たちは硬く手を握りしめた。

戦場を長次の手に引かれるようにして走る。
足元に何体もの屍の感触を感じるが今はそれに構っていられない。
途中何度も兵に斬りかかられそうになるがその度に互いに刃や忍器で応戦した。もうどれが誰の血だか分からない位に沢山の出血と返り血を浴びた。

やっと戦場を抜けられると思った瞬間、私の背後でかつての戦友たちの声が響いた。

「七松を殺せっ。あいつは裏切り者だ!」

その声と気配をいちはやく察知した長次が全身で素早く私を庇った途端に銃声が響いた。血と炎と煙の臭いで鼻が麻痺して火縄の匂いなんて気付かなかった。長次の身体がまるで鉛のように重たく私の上に圧し掛かった。

…嘘だろ?

私に覆いかぶさる長次から温かい血が流れ重力に従い私の装束までも染めた。

「七松、まさかお前が裏切るとはな…お前には期待していたのに」

「そいつと一緒に殺してやるよ。組頭の仇」

私が放心状態だと気付くとかつての戦友は玉込めを行い再度鉄砲の銃身を私に向けた。
私はここで死ぬのだと覚悟すると私の上で倒れたはずの長次が最期の力を振り絞って短刀を相手の首へと投げ刺し、それと同時に私の上から退くようにして横に倒れた。
他にも戦友たちがいたが長次の行動にハッとした私はそのまま戦友たちを次々と殺していった。

そのあとはもう分からない。
気付いた時には私たちを狙う戦友、いや敵はみな息をひきとっていた。
戦場の真ん中を見るとまだ兵たちが勇ましく争っている。

私は戦場に興味を無くすと長次を引き摺るように背負い、その場を後にした。










どれだけ歩いたのか分からない。
気付けば森の奥深くらしい一際大きい大木の麓に来ていた。

長次は本が好きだったから、木の匂いがするこの森で永眠るのが良いだろう。

そう考えると唯一残っていた苦無を取り出し穴を掘った。
人生最期の塹壕掘りが大切な友の無常所だなんて。
昔はあんなに塹壕掘りが好きだったのに今は憂鬱でしかない。もう何もしたくない。
重い手を振り上げて適当に穴を掘ると其処に慎重に長次を下ろした。私も一緒に下り、長次の胸の上に伏せるように寄り添う。


そういえば昔、長次がこんな話をしてくれたな。
目を閉じると長次の声が脳内に蘇る。長次はいつも寂しいと甘える私の頭を撫でながら色々な話を聞かせてくれた。その中でも一度だけ長次が話し聞かせてくれた一つの物語を鮮明に思い出した。

“むかしむかしある村に、一人の寂しい男がいた。男は戦で家族を失い、この世に血のつながりのある者が一人もいなかった。
男は、その孤独を紛らわすために一匹の犬を飼っていた。小さな犬で男のいうことをよく聞いた。犬は常に男の傍を離れず、どこに行くにも一緒で、村人たちも男と犬のことを微笑ましく見守っていた。
ところが、あるとき男は病気を患い、高齢のせいもあって急逝してしまった。亡くなってから数日の間、彼の屍は家の中に置かれた。その間、犬は何も食べずに遺体の傍にじっと横たわり、時折悲しげな声で「くぅん」と鳴いた。
そして、男の死体を埋葬する日のこと、村人の一人が「犬も一緒に入れてやったらどうか」と言いだした。他の者たちは生きたものを埋めるのは…と戸惑ったが、やがて「男があんなに可愛がっていたのだから、一緒にあの世に行った方がこの犬も幸せだろう」という結論に達した。
こうして、犬は男と共に埋葬されることになった。犬を男の墓穴に入れると、すぐに男の胸の上に伏せてじっと動かなくなり、土をかぶせるときにも微動だにしなかったという。
この感動的で悲しい光景は、村の人々の心を打った。
『伏』という字は、人と犬の絆が生んだ漢字なのだ。”

実話なのかただの作り話なのかは分からない。
長次も今まで読んだ本の中から適当に選んで話してくれただけなのかもしれない。
でも、今の私にはその犬がとても他人のように思えないのだ。



誰か

誰か 埋めてくれ

長次が安らかに永眠れるように

私も一緒に冷たい地中に埋めてくれ。


「私が埋めてやろうか?」

頭上で懐かしい声が響いた途端に塹壕の中に土が落とされた。

ああ、これで長次と一緒にあの世へ逝ける。
























「結局遅かったよ…」

長い髪を結った旅姿の若者が村の隅の小さな農家に入り、無遠慮に土間のふちに座る。
家の主は予想していたのか小さく「そうか」と呟くと茶を煎じた。

「仙蔵も疲れただろう。少し休んでいけよ」

「ああ」

返答しながらも何か思い耽っているのか仙蔵は居間へ上がろうとはしない。しびれを切らした文次郎は仙蔵の傍へと煎じたばかりの茶を置き、そのままどかっと腰を下ろした。

「長次も放浪の最中に幾度も忍者のスカウトをされたんだよな。小平太と敵対している城の忍者隊に」

「ああ。さすがに放浪だけじゃ食うだけの銭もないから、旅をしながら各地で渡り突破をして稼いでいたらしい。そこで小平太の就いてる城と敵対関係にあたる城の忍者に何度もしつこくスカウトされていたそうだ」

違う人生なのに同じ生き様じゃないかと文次郎は言いたい気持ちを我慢した。辛いのは目の前の男も同じなのだ。
仙蔵は長次と小平太が敵として会わないよう、この情報を知ってすぐに最低限の荷物を持って走った。
だが情報を聞いた時点で遅かった、やっとの思いで探し回って小平太の気配を見つけた時にはもう一人の気配は完全に無かった。

深く暗い森だが時折月が覗く。ジッと塹壕の底を見据えると長次の胸の上で寄り添い微動だにしない小平太の姿があった。

そういえば長次が「伏」という漢字の成り立ちを小平太に話していたのを横目で聞いた記憶がよみがえる。
あの時は生きたものまで一緒に埋めるなんて、なんて残酷な話なんだと思ったがもしかしたらあの犬もそれを望んだのかもしれない。

「私が埋めてやろうか」と言うと最低限の荷物の中から大しころを取り出し地中へと土を落とした。二人はだんだん土に埋もれていったが、ついに動くことはなかった。



「長次と小平太を埋めて来たよ」

「そうか」

「………」

あの二人、最期は寄り添うように永眠っていた。敵同士の忍装束で。最期まで主人と忠犬みたいだと仙蔵は心の中で呟いた。

犬という漢字は人が手足を広げて立つ形の大に、人の傍から離れない動物という意味の点が付いたものだ。

犬の先祖は狼だが、いつからか犬はその狼などの獣から人間を守るようになった。人間と意思の疎通をし、人間と共に生活をする犬たちは、外敵から身を守る呪術的な力の象徴にもなったという。
さらに犬の「陽」という力は、悪霊や死霊の「陰」の力を消すと評判になり、こぞって犬を飼い、こぞって犬を生贄にしたという歴史もある。
犬たちが望んだかどうかは別として、その漢字が意味する通り、犬は人間と共に生きてきたパートナーだ。

⇒END


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