去年一緒に花見をしたあの人はもういない
「今年も満開の桜日和だなぁ。長次」
「…そうだな」
久し振りの休日。
長次と小平太は学園から少し離れた村外れの茶屋に来ていた。
そこの茶屋の周辺には何本もの桜の木々が立っていて、ちょうど春分の時期になると沢山の桜が一斉に開花する。
それはもう下から見上げると空の色はスカイブルーじゃなく桜色なんじゃないかと錯覚するほどの立派な花だった。
この茶屋は巷でも有名な場所で、この時期になると大勢の客がやってくる。
店の主人の計らいで店先だけでなく桜の根元にも至る所に冴える朱色の布を敷いてくれるので、客がごった返すということはないが、この時期は特に繁盛するのだろう。
いつもよりバイトの娘が多くみな忙しそうに、だが優しい笑顔で走り回っていた。
「もんじやいさっくんも一緒にくればよかったのになぁ」
「…用事があったのだから仕方ないだろう」
「そりゃそうだけどさ、折角桜が満開なのに用事なんてもったいないよ」
「…確か新しく入る新入生のために委員会室の大掃除をすると言っていたが」
「そんなのいつだって出来るじゃないか…」
「…誰だって自分の委員会の後輩は特別可愛いものだ。仕方ないが分かってやれ」
長次が言うと小平太も自覚はあるのか不貞腐れながらも納得していた。
皆と一緒に花見に行きたかったが、個々の用事で断られてしまった。
でもそれは新しく入った可愛い後輩のため。
今年の体育委員会には新しい後輩が入らなく内心寂しかった小平太だが、やっぱり後輩は可愛い。
卒業した先輩も言っていた。
「これからは新委員長の七松が後輩のことを守ってやってくれ。代々先輩が守ってきた委員会の花形、体育委員会の志を忘れるな」と。
同じ夢を追いかけるまだまだ小さな忍者のたまご。
それが一緒に仕事をする委員会の後輩だったら可愛さも一入だ。
そう結論づけた小平太は、そんな忙しい中で自分に付き合ってくれた同室の長次に感謝しつつ注文した三色団子に手を伸ばした。
春の風に吹かれて桜の匂いがする。
口の中の団子を咀嚼しながら、長次は花見客を眺めた。
この茶屋には一年の頃からお世話になっている。
毎年春には皆で花見に出掛けるほど、それ以外にもふと甘味が食べたい時にもよくここに通っていた。
そのせいで客の中には同じ常連だろう、よく見る顔もちらほら見つける。
立派な髭を生やした老人、六年前は赤ん坊だった可愛い女の子の手を引いている女性、仲慎ましく寄り添う老夫婦…。
(時間は過ぎても根本的には変わらない。温かいものだな…)
長次が内心呟くと、長次の表情で察知したのか小平太が笑顔で言った。
「来年も一緒に来ような!」
「…あぁ」
その時は何も考えていなかった。
散り逝く時間の儚さを………。
一年後―――。
長次は一人で約束の茶屋へ来ていた。
茶屋の桜は満開を過ぎ、風が吹く度に花弁が吹雪く。
もうすぐしたら葉桜になるだろう。薄いはずの桜の匂いが鼻につくほどキツく感じた。
去年隣にいた同室者はもういない。
とある忍務の犠牲になって帰らぬ人となってしまった。
それはくしくも桜の香る温かい春が恋しくなる寒冬の時期だった。
去年とは違うバイトの娘が注文に来て、初めて酒を頼んだ。
お猪口は二つと付け足しながら。
数分もかからずやってきた酒をお猪口に注ぎながら散り逝く桜を眺める。
相変わらずこの時期は客が多いが、去年いた立派な髭の老人や、仲慎ましい老夫婦の夫、可愛い娘の手を引いていた女性はいなかった。その娘は去年よりも大人びていた。
誰の目にも花見の風景は毎年同じように見えるが、去年花見に来た人の何人かはすでに故人となり、今年はもう花見の列には加わっていない。
いつも変わらぬように見える世の中も実はほんの少しづつ、人間の入れ替わりが行われることを長次は改めて感じた。
学園の可愛い後輩もいつかは私達のように止まらない時間に悩み迷うのだろうか。
一際大きな風が吹くと長次の持っていたお猪口に一枚の桜の花びらが落ちた。
(…小平太)
きっと彼も天国で桜を愛でているに違いない。
存在する場所が変わっても、あいつが約束を破るはずないじゃないか。
小さく笑うと残りの酒をぐいっと飲み干した。
勘定に行くと茶屋の主人が対応した。
長次と目が合うと主人は一瞬眉を下げて会釈する。
銭を手渡すと少し小さな声で「また、いつか」と言った。
主人は気付いていたのだろうか?
それから長次はその茶屋に行くことはなかった。
去年一緒に花見をしたあの人はもういない⇒END
残暑の時期に花見ネタって…ww
金吾が忍術学園に途中入学したのは五月終旬〜六月初旬だと妄想してる。
敢えて友達以上、恋人未満の六ろ。