RKRN小説/短編 | ナノ
作品


 絶望は身体と心魂を冷たくする

小平太と喧嘩をした。

それも些細なことで怒鳴り合って、お互いにそっぽを向いて。友人には珍しいこともあるもんだと苦笑されてしまった。
それはそうだ。俺と小平太は一年の頃からずっと同じ屋根の下で過ごしてきた仲だ。誰よりもずっと小平太のことを理解しているという自負はあった。だがそんな間柄でも俺は小平太ではない。逆に小平太は俺ではない。相手の思考や行動に理解できず、我慢の限界を超えることだってある。
その結果がこれだ。



******



「いつもはあんなに仲が良い長次と小平太が喧嘩なんて珍しいね」

「嵐でも起こるのではないか?」

「長次が悪いとは思えないし、小平太ならすぐ謝りそうなのに本当にお前らの関係、忍術学園七不思議の一つだぞ」

食堂で友人達が興味津々に言う。
いつもはよくつるむ六人で夕食を取るのだが如何せん同室者とは喧嘩中。長次、伊作、仙蔵、留三郎の四人で食事を取っていた。
因みに小平太は俺達の席から一番離れた、食堂出入り口側の席で文次郎と食事をしている。
壁際に座っているので小平太からは長次が見えるが、長次は小平太に背を向けた状態だった。

「……俺たちの関係なんて皆が言うほど以心伝心ではない。所詮は赤の他人だ。」

「でもな、さっきから小平太、お前のことをチラチラ見てるぞ」

長次と向かい合わせで座っている留三郎は小平太と文次郎の席が見えるからか、向こうを見ながら小声で言った。
何度か留三郎と目があったらしく、すぐ逸らされたようだ。



******



その日の晩はいつまで経っても小平太が部屋に戻ることはなかった。小平太が、は組の部屋に行くことは殆どない。あいつは犬のように嗅覚が鋭いから伊作の調合する薬品の匂いが嫌いなのだ。
きっと仲の良い文次郎がいる、い組の部屋に行っているのだろう。もしかしたら文次郎と夜の鍛錬にでも行ってるのかもしれない。
深く考えず、長次はひとしきり読書をすると自分の布団に潜り込んだ。



******



翌日、長屋の廊下で偶然文次郎に会い、挨拶がてら小平太の事を聞くと驚いた目で凝視された。

「長次、小平太から何も聞かなかったのか?」

「……あぁ」

「そうか。そういや喧嘩してたんだってな。あいつな、昨日の夜から個人で野外実習に行ったんだ。合戦場の偵察なんだと。少々危険だが今日中に終わるらしいぞ」

「……そうか」


知らなかった…。
どうして一言、言ってくれなかったのか。
あいつとは喧嘩をしていた。現にまだ喧嘩中だ。特に昨日の俺たちはお互い頭に血が昇っていた。
小平太が我に返って俺に謝罪をしても、俺は聞く耳を持たなかったと思う。今思えば、小平太だけが悪いのではない。俺にも反省すべき点があった。

帰ったら、何事もなかったかのように部屋に迎え入れよう。
そして謝って、抱きしめて、おかえりと言ってやろう。
そうしたら何事もなかったかのように、いつも通りの日常に戻る。


そう思っていたのに――。






小平太は変わり果てた姿で教師に抱えられ帰ってきた。
小平太を抱えた教師が一目散で医務室内の隣の集中治療室へと駆け込む。
すぐさま治療台である畳に寝かされ、焼け焦げた痕と血でボロボロになった忍び装束はすぐに剥がされた。体中に黒い消毒液を塗布され白い包帯を巻いて、それでも所々血が滲み出ている。包帯に覆われていない肌は流血が酷かったのか青白く、殴られた痕か痣も多数できていた。

呼吸も酷く荒く、息をするのもやっとのようだ。


俺は信じられない光景を目の当たりにして治療室の前で立ち竦んだ。

「治療の邪魔です!部外者は医務室から出なさいっ!」
珍しく新野先生が怒鳴る。
動けない俺の背中を仙蔵が軽く叩いて、医務室の外の縁側で待機した。

医務室の中では新野先生や伊作、医療の知識が少しでもある教師がてんやわんやと動いていた。その他の教師たちは外回りで水や包帯代わりの布や薬の代用品を取りに医務室や学園内を行ったり来たりしている。

俺と仙蔵、文次郎、留三郎は邪魔にならないように縁側の端にいた。それくらいの雑用、俺たちにさせてくれたら良いのに…教師陣は俺たちを医務室に入れたくないのだろう。誰も何も頼まない。
その代わり何も言わずに去っていく、自室に閉じ込められるということもなかった。



何時間経っただろう…。

スッと医務室の扉が開いて新野先生が招き入れた。

俺たちは焦る気持ちを押し殺して小平太を驚かせないように静かに中に入った。

「…新野先生」

「お疲れ様です」

「小平太は無事なんですか」

いつも優しい笑みを絶やさない新野先生が真剣な眼差しで俺たちを見つめる。やっと口が動いたかと思ったら、それは僅かに震えていた。

「早く、七松くんに挨拶をしてきなさい」



思考回路が停止した俺の腕を仙蔵が強く組んで、集中治療室へと入った。中には伊作と小平太しかいない。
他の教師はいつの間にいなくなったのだろう。
伊作が小平太の傍に座るよう俺たちに促す。その顔は泣くのを必死で我慢しているのがバレバレの酷い有様だった。

やっと傍で小平太を見ることが出来たのに、彼の息は今にも止まりそうな程、小さく弱々しいものだった。顔上に極薄い半紙を乗せても窒息死してしまうのではないかと思うほどに。

ふいに小平太の右手がわずかに動いた。
こんな時でも俺の気配を感じ取ってくれたのか、俺はすぐに小平太の手を握りしめた。

小平太の口が僅かに動く。
それは今まで聞いた彼の、一番小さな声だった。
他の仲間たちには聞こえなかったようだが、ずっと同じ屋根の下で過ごしてきた俺にははっきり聞こえた。


"長次。私のこと忘れて良いから、嫌いにならないで"


お前と過ごした大切な日々を忘れるわけないじゃないか。
お前の眩しい笑顔に何度救われたか…嫌いになるはずないだろう。

「当り前だ、小平太。今も昔もこれからも、お前のことをずっと愛している。忘れるな」

気付けば涙が流れていた。
俺だけでなく、皆も泣いていた。

小平太は気付いていたのだろう。
最期の力を振り絞って苦しいながらもいつもの笑顔で"泣くなよ"と笑った。

それから、二度と彼が目を覚ますことはなかった。


(帰ったら、何事もなかったかのように部屋に迎え入れよう)
――あれから彼が俺たちの部屋に帰ることはなかった。

(そして謝って、抱きしめて、おかえりと言ってやろう)
――何もしてやれなかった。

(そうしたら何事もなかったかのように、いつも通りの日常に戻る)
――彼のいない世界に俺の日常なんて存在しない。


小平太が逝ったあの日から俺は一度も泣くことはなく、学園を卒業した。






――それから六年後。
異国のポルトガルに一人の日本人がいた。
元々は忍びを志していたらしい、とある貿易商を通じて密入国をしたのだ。

その男の心は、まだ21歳の若さだというのに、すでに朽ち果てていた。



⇒END

気付いた時には全てが遅かったってたまにありますよね。


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