RKRN小説/短編 | ナノ
作品


 星に願いを

梅雨なのだから仕様がない。
同室の彼はいつも何処でも突発的な行動を取るのだから仕様がない。

長次はそう心の中で結論付けて小さなため息をこぼした。


それは六月下旬になってからのことだった。
梅雨のせいか毎日毎日雨が降る。
もう何日もお天道様を拝んでいない。
それはきっと同室の小平太にとっては耐えられないことだろうとは思う。
いつも暇さえあれば苦無いやバレーボールを持って外に駆け回る彼がもう何日も自室で大人しくしているのだ。
いや、大人しくしてるというのは嘘言かもしれない。
小平太は狭い自室でバレーを転がしたり、鍛錬仲間の文次郎を誘っては無理やり組手を始めるのだから。

勿論普段の小平太なら少々の雨では気にせず外へ飛び出してしまう。
心配して誰かが注意しても聞かないのだが、ただ1人、長次の言う事だけはそれはもう素直に従うのだ。


ああ、優越感…。


そんな経緯で小平太は何日もの間、決して外へは飛び出さず授業以外はずっと室内で過ごしている。

だが、いくら暇だからって他にすることはなかったのだろうか?


今、長次の目の前には忍たま長屋の縁側に、無数のてるてる坊主が吊るされていた。


「…小平太、これは一体」

「おっ、長次も作るか!?」

いや、そんなことを聞いてるんじゃない。
どうして、こんなにもてるてる坊主を作る必要があるんだ。
この大量の布はどこで調達した?
てるてる坊主なんて所詮は迷信に過ぎないのに、どうしてそんなに一所懸命に作る?
子供が作るのならまだ可愛いが、お前はもう15歳だろ?

疑問は心の中で呟いた。
どうせ問うたところで答えは単純だろう。
小平太のことだ。『作りたかったから作った』のだろう。それで良いじゃないか。

長次は首を横に振り、自室に入り図書室から借りた書物を広げた。
縁側では、相変わらずてるてる坊主を作る小平太の姿と、それを発見したのだろう文次郎の怒声が聞こえた。


――翌日。

「ああぁぁぁーっ!!」

早朝から六年長屋中に小平太の悲鳴が響いた。

折角の休日なのだから、もう少し寝させてほしい…。

そう思いながらも同室の彼が気になり、長次は重たい瞼を上げて縁側へと向かった。

その縁側では、筆で顔を描いたのだろう、降りしきる雨水のせいで顔が滲んでしまった無数のてるてる坊主が吊るされていていた。
ある意味、地獄絵図だ…。
眠気も一気に覚めて、長次は小平太の傍に寄った。

「…小平太」

「ちょうじぃ…」

振り向いた小平太の顔は滲んだてるてる坊主のように、今にも泣きそうな表情だった。

「…細かいことは気にするな、だろ?」

優しい口調で彼のいつもの口癖を言うが、小平太は依然納得のいかない表情のまま外を見つめた。

「細かいことじゃないんだ。長次も知ってるだろ?今日が何の日か」

はて?
今日は何かの記念日だったか。誰かの誕生日だろうか?

――七月七日…


「七夕か…」

「それなのに土砂降りだ。一年にたった一度だけの日なのに織女星(しょくじょ)と牽牛星(けんじゅう)が逢えないし、短冊を書いても室内じゃ笹なんて飾れない。あの二人、また来年まで逢えないのだろうか?」


…なるほど。
普段は所構わず突拍子もない行動をする彼だが、その行動ひとつひとつに彼なりの理由がちゃんとある。
最高学年にもなって迷信を信じるのもどうかと思うが、その意外な純粋さが可愛くもある。

では、七夕の伝説をひとつ話して聞かせようか…。


「…小平太。お前が心配する必要はない。現に二人はもう出会っている頃だ」

「そうなのか?でも天の川は浸水していないだろうか?」

天の川は、川といっても決して水で出来ている訳ではない。小さな星屑の集まりで川に見えるだけなのだから、どんなに地上で雨が降っても浸水することはないだろう。
それにもし浸水したとしても、カササギが橋を架けてくれ逢うことが出来るという伝説もある。

「…大丈夫だ。七月七日に降る雨のことを催涙雨というらしい。牽牛星と織女星が再び出逢えたことを喜んで泣く涙がそのまま地上に降り注ぐのだそうだ」

「じゃああの二人、再会を果たしたんだ」

「…ああ」

納得した途端、小平太はいつもの笑顔に戻り、空を見上げた。
つられて長次も空を見上げる。

相変わらず空は暗い雲に覆われ、雨が降り続けている。
今日も一日、自室で過ごさなければいけないか。
小平太ほどではないが、何日も碌に身体を動かさないでいると長次も身体がウズウズしているのに気付いた。

「空、晴れたら良いな」

「…そうだな」

「晴れたら思いっきり塹壕掘ったりバレーしたり、やりたいこと沢山あるぞ」








――翌日。

「ああぁぁぁーっ!!」

2日続けて早朝から六年長屋中に小平太の悲鳴が響いた。
でも今日は小平太の悲鳴だけで雨の音は聞こえない。

止んだのだろうかと、重い瞼を上げて長次は縁側へと向かう。
扉を開いた瞬間、長次の視界一杯に太陽に照らされて輝く長屋の庭が見えた。
昨日までの暗雲が嘘のようだ。

長次に気付いた小平太が笑顔で「おはよう!」と挨拶をする。
それに頷いて答えると小平太の傍に寄った。

二人して空を見上げると大きな虹が架かっていた。

「虹の端には宝物が埋まっているだろうか?」

小平太がまた迷信を言いだす。
こいつは本当に忍者を志す学園の最高学年なのだろうか?
言わなくても分かってるだろうが、曖昧に否定する。

「分かってるさ。宝物なんて人それぞれだものな!!あぁーもうっ、身体がウズウズしてきたっ!!朝飯前にちょっと朝練してくるっ!!いけいけどんどんー!!」

言うが早いが彼は庭の向こうへ走り去ってしまった。



縁側には長次とてるてる坊主が残された。

「さて」

お天道様を拝ませてくれたのは七夕伝説のおかげだろう。
てるてる坊主は関係ない。


「……片っ端から首をちょん切ってやろうか…」


てるてる坊主の表情は、雨水に染みた筆の色で泣いているようだった。



⇒END

七夕ギリギリセーフ!
現時グレゴリウス歴でサーセン。

迷信とか言い伝えを題材にした話を妄想するのが好きです。
催涙雨についての記述は複数ありまして。
織女星と牽牛星が再会した喜びの涙とか。逆に七夕の豪雨は、雨で天の川の水が浸水して再会出来ない織女星と牽牛星が流す悲しみの涙とか。色々あるそうです。
伝説で織女星と牽牛星が再会するのは7月7日の夜なんだそうですね。しくった(汗)

一部の地域では、晴天の願いを叶えてくれなかったてるてる坊主は首を切るという習わしがあるそうで。
最後の最後で迷信を信じない長次が暴走した…。


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