辛運と幸運
何もない所で転んだ。
目当てのランチが品切れだった。
分かりやすい落とし穴に落ちた。
石に躓いて落とし紙を水たまりにばらまいた。
座学で使用していた文机の脚が折れた。
実技で一番に失格を言い渡された。
どうして、自分はこんなに不運なんだろう……。
「はぁ〜…」
「いさっくんどうした?ため息なんか吐いちゃ幸せが逃げるぞ」
久し振りに恋仲の小平太との時間を過ごしているのに思考は最近の不運ばかりを思い出す。
折角淹れたお茶も美味しいお菓子も、楽しい時間もこれでは台無しじゃないか…。
「ため息って小平太、元々僕に幸運なんてあると思う?」
「いさっくん何時にも増してマイナス思考だな。何か嫌なことがあったのか?私で良かったら聞くぞ」
いつもは細かいことは気にしない基、周りに無頓着な小平太が少し心配気な表情で言うから素直に愚痴をこぼしてしまった。
何もないところで転んで壱年生に苦笑されたこと。
目当てのランチが品切れで、苦手な豆腐ランチしか残ってなかったこと。
美味と評判の生菓子を買ったのに帰り道で落とし穴に落ちて無駄にしてしまったこと。
大量の落とし紙を持っていたばかりに石に躓いて、殆どの紙を水たまりに落として保健委員の予算が致命的に減ったこと。
座学でテストの問題を解いていると、粋なり文机の脚が折れて墨汁が答案用紙に降り注いだこと。
は組内の実技で真っ先にクラスの的になり、一番に失格になったこと。
……他にも沢山。
いっぱいいっぱい自分の不運を言ってる間、小平太は静かに僕の話を聞いてくれていた。
喋っていると少しは気が晴れるかと思ったのに、自分の救えない不運の数々につい泣きそうになった。
こんな話、他人に喋ってどうなるっていうんだろう。
聞かされる方もうんざりするし、話す僕も虚しいだけじゃないか。
「いさっくんは良いなぁ」
「…えっ」
不意に呟いた小平太の言葉は酷く意外だった。
「不運でも弱くても、いさっくんみたいな優しい人になりたいなぁ」
「こへ…?」
「私はいさっくんのこと色々知ってるよ。いさっくんの良いとこは皆に優しいとこ。医学や薬草に詳しいとこ。いつも笑顔でいてくれるとこ。下級生から優しいお兄さんって慕われているとこ。新野先生に一目置かれてるとこ。面倒見が良くて心が温かいとこ。顔も声も格好良くて久之壱に人気があるとこ。私が怪我をしたらすぐ治療してくれるとこ。治療をしてもらった後、いさっくんが笑顔で「痛いの飛んでけ」って言ってくれると本当に痛くなくなるし、医務室って殺風景で恐いけどいさっくんの笑顔があれば耐えられるし、他にも――」
「小平太!!もういいっ」
「え、なんで?まだ半分も言えてない」
「もう分かったから!!なんか聞いてる僕が恥ずかしくなったよ…」
小平太はまだ言いたそうにしていたが、恥ずかしくて穴があれば入りたい気持ちを殺して中断させた。
「いさっくん元気出た?」
「うん。おかげさまで」
赤面の僕といつも通り笑顔の小平太。
なんか不運だ不運だと嘆いていた先刻前までの自分が馬鹿らしく思えてきた。
不運――いや、保健委員会に六年も所属していたからこそ医学や薬草の知識を得られたんじゃないか。
落とし穴に落ちる度、留三郎や小平太や皆が助けてくれたじゃないか。
予算会議で予算案を全額通してくれたこともあったじゃないか。
今までの実技で何度も集中攻撃をくらったけど、留三郎や小平太や長次、文次郎、仙蔵が幾度も手を差し伸べてくれた。
そして何よりも、ずっと好きだった小平太と恋仲になれた。
自分は決して不運だけではなかったのだと、改めて実感した。
心がポカポカしてくるのが自分でも分かる。
「良かったぁ。いさっくん元気になった!!」
「うん。小平太のおかげだよ。ありがとう。」
目を合わせてどちらともなく微笑む。
「自信がなくなりそうになったら、私を呼んで!!『もういい!』っていうくらい、褒めてあげるからっ!!」
――自分のことを自分以外の誰かが想ってくれる。こんな素敵なこと、ないよね。
⇒END
伊こへは愛し愛されほのぼのCP。
普段は不運なことがあっても「これくらい大丈夫〜」って逆に周りを気遣っちゃう伊作だけど、不運も度が過ぎるくらい続くとマイナス思考になっちゃう。
そんな時は小平太が慰めてあげたら良いな。
つどいで伊作の嫌いな食べ物が豆腐らしいので使っちゃいました。
苦手な人がいたらすみません(>_<)