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強引に連れて行かれた先
若葉の茂る暖かな気候。
もうすぐ暑い季節がやってくるだろう、葉の匂いに混じって微かに夏の匂いがする。
夕食まではまだだいぶ時間がある。
何をするでもなく学園の庭を歩いていた文次郎に向かって一つの小さな影が抱き付いた。
「文次郎!」
「小平太か。驚かすなよ」
「別に忍び寄ってない。気配を察しない文次郎が悪い。忍者はいつも…なんだっけ?」
「忍者は常に身体を鍛練し、孫呉の兵法を学び、技術を錬磨し、和漢の教養を積み、歌道に励んで忍歌を作り、所謂忍法・忍芸の修練に勤しむべし。だろ」
「そうそうそんな感じ。だから私の気配を察知出来なかった文次郎が悪い」
「屁理屈を言うな、バカタレ」
背中から抱きついてくる犬の頭を小突くと「痛い」だの「酷い」だのキャンキャン吠える。
耳元で騒がれて正直五月蝿いものの心の中では妙に安心していた。
忍術学園に入学してすぐの頃、小平太は人見知りが激しくクラスとも孤立していた。
何も喋らない、何を考えているのかも分からない。
そのくせ体力だけは馬鹿みたいにあるのに手加減が分からないから相手に怪我を負わせる。
クラスの連中や担任教師は小平太を毛嫌いしていた。
そんな彼が唯一心を開いていたのが同室の長次と顧問の厚着先生くらいだったと思う。
どうして小平太があんなに明るくなったのか、俺は知らない。
ただ小平太が明るくなった分、長次が無口になった。
あの二人には何かあったのだろうか?
まぁいい。
小平太が幸せなのなら俺はそれでいい。
今の小平太は長次も仙蔵も伊作も、そして俺も大切な仲間だと笑顔で言ってくれたから。
「文次郎、暇か?」
「あ?」
「文次郎に見せたいものがあるんだ。此方に来て!!」
返答する間もなく強引に腕を引っ張られ学園の外に連れて行かれる。
「おい小平太、お前何処に行くつもりだ?」
「良いから良いから」
「んな事行っても外って…外出届貰ってねぇ」
「すぐ近くだからそんなの要らないよ」
引っ張りながら引っ張られながら尚も口論し続ける間に裏山の頂上付近にまで来てしまった。
「なんなんだよ、此処に何があるってぇ?」
少し怒った口調で聞くも彼はけろっと答える。
「文次郎、あの大きな木に登ろう」
言われるがまま彼の指さす木を見つめる。成程他の木よりも大きな大樹木が其処にあった。
此処まで来たら自棄だと自分に言い聞かせ小平太に続き木をよじ登る。
先程よりも葉の匂いと夏の匂いが濃いように思った。
此処は何処よりも早く夏になり、秋になり、そしてまた春になるのだろうか…。
そんな事を思いながら登るとやっと天辺に辿り着く。
其処から見た景色は――夕焼けに染まった忍術学園だった。
夕日の色に染まって黄金色にも見て取れる。
文次郎が息を止めてその光景を見ていると横目で文次郎を見る小平太が笑った。
「な?凄いだろ!今のこの時間帯が一番綺麗に見れるんだ。最初に文次郎に見せたくて探してたんだ」
「そうか」
御礼の代わりに頭を少し乱暴に、グシャグシャ撫でる。
怒るかと思ったが「えへへ」と幸せそうに笑うだけだった。
「私達の家、夕日に照らされて凄い綺麗だな」
「俺達の家?」
小平太はまた唐突に訳の分からない話をする。
「うん、私達の家。学園も大きな家族の集まりだ。先生達は親みたいだし、先輩も後輩もクラスメイトも友達もみんな兄弟みたいなものだし。ご飯も勉強も遊びもお風呂も寝る時も皆一緒にしてるじゃないか。厚着先生は『学び家』って教えてくれた」
小平太の言葉に文次郎も納得した。
衣食住、共にしているのが家族なら忍術学園は大きな大家族なのかもしれない。
俺達は此処で色々な事を学び経験し、成長する。
黄金に照らされた我学び家を見ているとなんだか誇らしくなってきた。
此処が俺達の故郷なら――帰るべき場所なのなら。
俺は早く大人になってこの家族を守るのみ。
だが最高学年になった頃。
現実はそんなに甘いものでは無かったと酷く痛感させられた……。
⇒END
文次郎が忍術学園の長になりたい理由が結構シリアスな理由だったら良いなという妄想。小平太は小さい頃、周りとの接し方が分からなかったら良いなという妄想。
お題配布⇒HOMEMADEサマ