朝の顔
「長次!長次!!」
まだ眠い…。
「長次!早く起きろよ」
「…こへ」
まだ寝ていたい事を伝えようと口を開いた瞬間、布団越しに温かくて重いものが圧し掛かってきた。
気だるい目を開きながら自分の体に乗りかかっているその正体を見れば案の定、同室者が馬乗りになって笑っていた。
主人に構ってほしがる犬のように耳がピンと立って尻尾をブンブン振っているように見えたのは寝起きの錯覚だろうか……。
…本当に犬みたいだ…。
「長次、早く起きろよ!長次の朝顔が咲いたぞ。綺麗な色だ、早く見て!」
そうか…。
小平太の誘いで漸く重い体を起こす。
横目で外を眺めると朝日の橙に交じってまだ夜空が見える。
夏でもまだ早い時間らしかった。
忍たま長屋の庭の隅に朝顔はある。
三つあった蕾の一つが綺麗に咲いていた。
「本当に綺麗だろ、長次が丹精込めて育てたんだから当たり前だけどさ。見てて嬉しくなったから早く長次に会わせたくなって」
「…そうか」
笑顔で話す小平太にそっと微笑み頭を撫でてやると子犬のように嬉しそうな笑顔をする。
「…綺麗な花だな」
言った通りその花はとても綺麗だった。
鮮やかだが濃い蒼色の花は同室者の髪色によく似ていた。
それにこの花の咲き様は小平太がよく見せてくれる満面の笑顔のように可愛くあり儚くもあり…。
「…お前のようだな」
「ん?何か言ったか長次」
「…いや何でもない」
本当に何でも無かったかのように軽く首を横に振り朝顔を見つめる。
隣人の視線を感じるが今はこの綺麗な朝顔を見ていたい。
「私…植物や動物を見ている時の長次の笑顔が大好きだ」
「…?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
笑顔とは皆が不気味がるあの顔しか自分には出来ない…。
「長次は無自覚だったかもしれないけどさ、花や動物を見る時の長次って普通に笑ってるんだよ。口の端をほんの少しだけ上げて小さな幸せを見つけた時みたいにクスって。よーく見ないと分からないけどその笑顔だったら古傷に響かないんだな」
「…そうか」
確かに今も朝顔を見てる間、古傷は痛まなかった。
それでも小平太は『笑顔』だと言ったので本当に無意識に笑っていたのだろう。
我ながら自分の体の仕組みが不思議だ。
いつもの不気味な笑顔でさえ古傷に響いて内心辛いのに。
「…朝顔の花言葉を知っているか?」
「知ってるよ。『儚い恋』だろ。前に長次が教えてくれたもんな」
「………」
「朝に咲いて夕方にはしぼんでしまうからこんな言葉が出来たんだろ。それを厚着先生に話したら「忍者に似ている、忍びは儚い命だ」って珍しく寂しそうな顔をしてたよ」
「…あぁ、儚いな。だが小平太、朝顔の他の花言葉を知っているか?」
「いや、知らない」
「…『愛されたい』『私は貴方に結びつく』草のツルがしっかり巻きついて離れないことから激情的な意味として出来た言葉だそうだ」
案の定それを聞いた小平太の顔が真っ赤になったのは言うまでもなく。
途端に手を繋ぎ合わせると心臓の鼓動が聞こえる気がした。
食堂が開くまではまだ時間がある。
咲き誇った朝顔を見ながら隣の恋人の体温を感じていようか。
私たちの恋のツルは誰にも切ることなんて出来ない。
たとえ儚い命だとしても…来世でも――。
⇒END
ほのぼののつもりが、やっぱり違う方向に行っちゃったのは、管理人がそういう人だからです。小平太は長期休暇の間、厚着先生のところに居候していたら良いなという妄想。
お題提供⇒六ろのお題様