亮がいなくなってすぐ伏せた顔を上げて、音の方を見れば樹っちゃんがゆっくりと、こっちに近づいていた。 来ないで、と言いたかった。 だけど、樹っちゃんの真剣な目を見ると、私は何も言えなくなってしまった。
「樹っちゃん、」 「なまえ、俺もね、言いたいことがあるのね」 「やだ、」 「ダメだよ、狡いのね」 「樹っちゃんが盗み聞きしてたんでしょ」 「違うよ、亮に呼ばれたのね」 「嘘だ。亮には言わないでって、言ったもん」 「後で聞いてみればいいのね」 「今、聞く」 「ダメ。今は、俺の話、聞くのね」
ギシリ、樹っちゃんが、私の前まで、来た。 嫌だ、と小さく呟けど樹っちゃんは私の前から、いなくなったりはしない。 樹っちゃん、と名前を呼べば、樹っちゃんは私の腕を掴み、ぐっと引っ張った。 ガタン、と音を立てて椅子が後ろに倒れた。 樹っちゃんの表情が見えなくて、怖い。
「樹っちゃ、」 「なまえは、いつも俺には言ってくれないのね」 「っ、え」 「俺への不満、嫌なこと、全部、俺自身には言ってくれない」 「樹っちゃん、?」 「俺、人の口から聞くくらいなら、なまえから、なまえ自身から聞きたい」 「っ、」 「人づてに聞くの、嫌なのね」 「ごめ、」 「それに、溜め込むのは俺だけじゃないのね」 「え、」 「なまえだって、溜め込むくせに。人のことばっかりって言うけど、なまえは俺のことばっかり考えすぎなのね」 「…ごめんなさい」 「悪い意味じゃなくてね。俺がどうのって考える前に、自分のことも考えるのね」 「はい、」 「心配、なのね」 「…」 「なまえ、風邪ひいても言わないし。熱中症に気をつけろとか言う癖に、自分がなったり」 「う゛、」 「間抜けというか、考えなさすぎなのね」 「は、い」
ごめんなさい、と蚊の鳴くような声で言えば樹っちゃんはふわりと笑って分かればいいのね、と言った。 「でもね樹っちゃん、樹っちゃんも自分のこと考えてね」と言えば「…善処するのね」と樹っちゃんは苦笑いを浮かべて言った。 そんな表情が、声がまた愛しくて樹っちゃんに抱きつけば、多少よろけつつも優しく抱きしめ返してくれた。 ごめんね、樹っちゃん、今一度素直にそう告げればもういいのね、お互い様だから、と言い、私の大好きな優しい笑みを浮かべた。 ありがとう、大好き。と心の中で何度も告げる。 背中に回した腕に力を込めるとそれに応えるように樹っちゃんも力を込めた。
泣きはらした目に慰めのキス
気をつけるよ、そう言って彼は私の瞼に口付けた。
------------------ 長くなってしまったので、分けた、二つ目の方。 後編、です。 なんだこれは…。 とにかく樹っちゃん好きです。 樹っちゃんに頭撫でられたいです…馬鹿なのねって言われたいです… タイトルは薄声様より
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