強引な君 | ナノ



「淀橋!見てよ、安田が走ってる!」

―イライラする

今は体育会に向けての練習中であった。普通ならばクソ暑い炎天下の空の下、汗水垂らして必死に練習をするのだろうが幸か不幸か僕とコイツは熱中症にかかり、あの陰険とした不気味な養護教諭の根城である保健室で休んでいる。
ちなみにあの陰鬱とした不気味な養護教諭、派出須 逸人は炎天下のグラウンドにて体育会に向けての練習に参加している。なのでここには僕と彼女の二人きりだ。不運である。
お化け先生でもいいから誰か来てくれと切に願う。

「うわ、明日葉くんかわいい!あぁ!?転んじゃったよ、大丈夫かなぁ?」
「別に、熱中症に比べたら何てことないだろう。切り傷や擦り傷は直ぐに治る。」
「そうなんだ。淀橋ってなんでも知ってるよね。」
「お前は僕と違って馬鹿だからな。」
「なんか酷くない?」
「的を得ているだろう。」
「否定はしない」

ふわりと苦笑するみょうじに憎しみを込めて鋭い視線を送るも気づいていないようで先ほどお化け先生が入れた茶を啜っている。何が入っているかも分かったものじゃないのによく飲めるな、と思うがまぁ、僕には関係ないことだろう。

「あのフラフラしてるの派出須先生じゃない?」
「あぁ…白衣は脱がないのか」
「脱いでも長袖だと思うけど」
「…だろうな」

他愛ない会話を続けながらお化け先生を観察していれば、遂にフラフラとした覚束無い足取りのままクラリと倒れてしまった。実にひ弱である。しかし自分も人のことを言えないので口には出さないが。
大きな乳の体育教師、才崎先生が慌てて腕をひっつかんでなんとか起こしているが、やはり男性と女性の差と言ったところか。
全くと言っていいほど持ち上がっておらず、そのまま引き摺られて脇へと連れて行かれるお化け先生を不憫に思う。
可哀想に、一張羅(であろう)白衣が砂のせいで茶色く染まってゆく姿を見て眉を顰めた。

「先生達面白いね」
「知らん。」
「貞夫はそっけないね」
「名前で呼ぶな」
「…ごめん」

悲しげな眼で笑う彼女の顔を横目で捉えて顔を背けた。
小さく息を吐いてぐるぐると回る言い訳に意識を沈ませる。
別に、僕は彼女に悲しい顔をさせたいわけではないのだ。
そう、出来れば、出来ることならば僕だって笑って欲しいと、そう、思う。
しかし僕は捻くれ者で、尚且つ意地っ張りで傲慢なのだ。
笑った顔が見たいと思う。しかし同じように泣いた顔も見たいと思うのだ。
ついでに付け加えるならば、僕だけに見せて欲しいとも、思う。

―気づけば僕は、自身の手で彼女の目を覆っていた。

「えっ、淀橋…?」

忙しなく動かされる両手をまとめて掴んだ。
誰も見えないよう、何も見えないように彼女の目を覆い隠して小さく小さく、名前を呼ぶとみょうじは戸惑ったように僕の名を呼ぶ。
しかしそれすらも煩わしくて。

「黙れ」
「淀、橋」
「―……な、」

掴んだままの手を引っ張り、僕の方へと倒れ込んできたみょうじを緩く抱きしめて囁いた。
ビクリと跳ねた肩に口元が綻ぶ。
キツく握られた服の裾は、離した時にはもうしわくちゃになっていた。

「僕は教室に戻る」

そう言って彼女に背を向けてガラリと扉を開き、ゆっくりと閉めた
途端に笑い出す膝を折ってずるりとその場に座り込み無意識のうちに深いため息をつく。

「なにを、しているんだ…僕は、」

真っ赤になった耳を隠すように帽子を深く被り直した。
蟀谷に汗が伝う。夏はもう真っ盛りである。




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