「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

マニュアル通りの接客をして今日もまたお客さんを捌いていく。
捌く、という表現は些か語弊があるように思えるが事実そうなのだ。
そういえば先日挨拶をしたリーゼントの学生が、昨日のおやつ時に友達らしき人とこの店にきた。
あ、と声を漏らせば彼もこちらをみて同じように「あ、」と呟いていた。
それから接客ついでに少し会話をしてそれなりに仲良くなった。名前は仗助くんと言うらしい。友達の名前も教えてもらった。億泰くんと康一くんと言うらしい。
億泰くんはいかにも不良という出で立ちだがしかし、少し抜けていてとっても明るい人だった。
康一くんの方は二人と違って少し落ち着いている様だ。ユカコサンという彼女がいるらしい。今度連れて来て欲しいと言うと照れながらはいと言ってくれたので私はその時を楽しみに待つ事にした。

このカフェ・ドゥ・マゴには沢山の人が集まる。改造を施した制服に首元にリボンのようにハイウェイスターと書かれたスカーフを巻いたイケメンさんや、かっちりと制服を着こなした几帳面そうなお兄さん。
それから長い髪にギターを持ってヘッドフォンから流れる曲にうっとりと聞き惚れるお兄さんに、金髪で前衛的な前髪で、後ろの毛を三つ編みにしている男の子やシャボン玉を吹かせる金髪で顔にアザがあるお兄さん。

時には胸元が大胆に開いたスーツの着かたをした勾玉の様なネックレスを首に下げたお兄さんや、おかっぱ頭の誠実そうなお兄さんも、物静かな会社員らしき人だって来る。
勿論日本家屋に住む方々も花京院さんだってやって来る。

しかし総じて言える事が一つだけある。
それは来る人皆、顔立ちが整っていることだ。

先ほど上げたお兄さんや男の子もみんながみんな綺麗な顔立ちで街行く女性がたはチラチラとそちらを見たり声をかけたりしている。
たまぁに変なマスクをつけた金髪のお兄さんが変態行為をぶちかましてお姉さんがたを知らぬ間に追い払って(?)いるが私には関係ない事なので聞こえてくる悲鳴も怒声も全てなかった事にしている。
男の人の嬌声なんて出来れば聞きたくなかったけれど。

そんな事を考えているとカランと扉が開いてお客さんの来店を告げる。
いらっしゃいませ、とテンプレ通りの接客をして席に案内した。
メニューを渡して立ち去ろうとすれば直ぐに引きとめられて注文を受ける。
整った顔立ちのお客さんは少し変わったヘアバンドをしていた。
おへそが出る様な服装をしているが果たして冷えてお腹を壊したりしないのだろうか。
付けペンの形をした…イヤリングだろうか?吊り下げられたそれは鋭く尖っていた。
脇におかれた黒とオレンジのスケッチブックはなんだか異様な存在感を発していた。一言で言うならば、変わった人である。

そんな風にまじまじと見つめてしまったのがいけなかったのか。お客さんは至極不快そうな顔で私を睨め付けた。
しかし私もそういったことには慣れていたので怯みもせず素直に謝れば今度は面食らった顔で私を見上げてきた。
その間にカウンターに行き中にいる人に注文を告げてさっきの人の方をチラリと見ると目があってしまって慌てて逸らした。
別のところから注文がかかり、受けに行けどひっついて離れない視線に貼り付けた笑顔が引きつる。方向的に考えてさっきの緑の髪のお客さんだろう。

注文を取り終えてまたカウンターに戻り、注文を伝える。
それから例のお兄さんの注文したものを手に取りテーブルまで足を進める。気まずいとは思うが元々悪いのは私だし、致し方ないと思いながらも人しれずため息を吐く。

お待たせしました。声をかけて注文の品を置き、ごゆっくりどうぞと声を掛けて踵を返す。
しかし私の足は一歩を踏み出したところで止まってしまった。

「…ご注文を取り間違えていましたでしょうか?」
「いいや、合っているよ」
「では、どの様な御用でしょう?」
「君はさっき僕のことを見ていたな」
「はい」
「なぜ僕を見ていた?」
「貴方の顔が綺麗でしたので。」
「なんだ、惚れたのか?」
「いいえ。このカフェには素敵な方が沢山いらっしゃるんです。勿論、そういう意味で。ですから、貴方も綺麗だと思って。不快な思いをさせてしまったならすみません。」

ぽかんとした顔をしたあと、お兄さんは軽く咳払いをして再び私を見上げた。
掴まれた腕はいつの間にか離れていた。

「随分素直に言うんだな。…君は、」
「はい?」
「君は漫画を読むかい?」
「…えぇ、まぁ。少し。」
「どんな漫画が好きなんだ?」
「リアリティのある物が。あまりにも突飛な話は現実味に欠けてつまらないので」
「良い、話が合いそうだ。最近読んだ漫画のタイトルは?」
「ピンクダークの少年。…あれ、お兄さん岸辺先生に似ていますね」
「…似ている、ではなく本人だとしたら?」

探る様な笑みを浮かべて問うお兄さんに少し考える素ぶりを見せてゆっくりと口を開いた。
お兄さんの目が真剣な物に変わる。一瞬、息が詰まった。

「そうですねぇ…とりあえず軽いご挨拶と感想を述べて逃げます」
「何故逃げるんだ?好きな漫画の作者に会えるんだ。喜んで握手でもなんでも求めればいいだろう」
「もし先生が取材中だとしたら?人間観察の途中だとしたら?迷惑になるじゃあないですか。邪魔になることはしたくないんです」
「邪魔になるかどうか、分からないじゃあないか」
「分からないからこそしない。何もしなければ相手のメリットにもデメリットにもなりはしませんからね」
「…君には探究心がないのか?」
「いいえ。こう見えて好奇心旺盛なのですが、臆病でして。」
「そうかい。君は中々面白い人間だ。嘯くことをしない。気に入った。」
「それはどうも。」
「今度僕の家へ来ないか?君と話がしたい。」
「素敵なお誘いですけれど私はあなたの事をよく知りません。そしてそれは貴方も同じ。もう少し仲良くなってから…そうね、今週末にお出掛けでもします?」
「君が良いならそうしよう。ぼくの予定はあいている。」
「なら、それで。待ち合わせは此処で良いですね?」
「構わないよ」
「ありがとう、岸辺先生」

微笑んでみせれば先生も少しだけ顔を緩めた。他のお客様から声が掛かりでは、またと告げて頭を下げれば先生は片手を上げてそれに応えてくれた。初めこそ横暴そうな人だと思ったがそうでもないようである。今から週末が楽しみだ。


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