少女は笑んだ

 あの後急いで帰宅した俺はなまえを風呂に入れた。
着替えなんてものはなかったから取り急ぎ用意した俺のお下がりの、少しヨレた黒のTシャツを渡す。
 下着なんてある訳が無いので先程までしていたものをもう一度着せた。
その間に呆然としていた仲間に適当に説明すれば呆れたり怒ったり受け入れたりと反応は様々であったが結局は俺達は知らないぞ、と言うことで治まった。詰まる所勝手にしろと言うことだ。
 風呂から上がったなまえの頬は熱く火照っていた。
髪の毛を濡らしたままでやってきたのでため息を一つ吐いてぐちゃぐちゃとかき混ぜるように拭いてやれば「う、わぁ!」と驚きながらもそれを受け止めた。

「リゾットさん」
「なんだ」
「ひろって、くださって…ありがとうございます」

 たどたどしい口ぶりで告げた言葉は年の割に堅苦しくなんだかむず痒かった。
後ろで探る様な視線を投げ付けているプロシュートにも小さく礼をしてごめんなさいと謝る始末だ。
もちろんその後、プロシュートはばつが悪そうに顔を顰めて気にするなとだけ告げて部屋へと戻って行った。
ああ、とだけ返事をしてかき混ぜていた手を止め俺も風呂に入るために踵を帰した。つもり、だった。
後ろからの衝撃で少しよろめく。
一体なんだ、と振り返って腰に纏わりつくそれを見て少し驚いた。

「…何をしている」
「…っ」
「なんだ」
「りぞっと、さん」
「なんだ」
「…いかない、で」

 ずず、と鼻の啜る音が聞こえた。
なまえは小刻みに身体を震わせて俺を見上げている。
じっとその、涙に濡れた薄紫の目を見つめて、それから今度は優しく抱き上げる。
 ほろりと目から零れた涙は真珠の様に美しかった。
我ながらなんて愚かなのだろう、と嘲笑を浮かべ、そしてうら若き小さな少女を抱きしめた。
控えめに首に回された腕を確認して後頭部にそっと手を当てる。
梳く様にして撫でればびくりと肩を揺らしたあと、今度はぎゅうぎゅうと必死で抱きついてきた。
あぁ、なまえ。お前は一体、

「お前は…何故怯える」
「…っす、てられる、こと」
「それは、俺にか?」
「だれ、かに」
「…俺は、お前を捨てはしない」
「ほ、んとう?」
「この俺の、魂に誓おう。」
「っ、り、ぞっとさ…!」

 っく、と声を押し殺して泣くなまえの小さな嗚咽を聞いて胸が苦しくなった。
ぎゅ、と抱きしめる腕に少し力を込めてやる。
りぞっとさん。拙い言い方にも腹など立たない。むしろそれすらも愛おしく感じるのは何故だ。
暗殺チームのリーダーが聞いて呆れる、と1人嘲るようにまた笑う。
しとしとと窓を濡らす雨は未だに止まない。
 ねぇ。耳元で聞こえる高い声に返事を返す。
なんだ。俺の肩に顎を乗せて戸惑う様に口を開いたなまえは俺に問う。話す度に口の開閉が肩に伝わりくすぐったい。
 一緒に、寝ても、いい?
申し訳なさそうに紡ぎ出された言葉にぞわりと鳥肌が立った。その後の幸福感に眩暈がする。何だってこんな子供に振り回されているのだろうか。情けないことこの上ない。しかし、やはり、でも。
…好きにしろ。心地良かったことには、変わりないのだ。

「リゾットさん、」
「…なんだ」
「リゾットさん、ひろってくれて、ありがとう」
「…」
「わたし…リゾットさんのためなら、何だってします」
「そうか」
「おりょうりもおせんたくもおそうじも…リゾットさんのためなら、します」
「……」
「きょうからわたしのいきるいみは、リゾットさんだから」
「…そうか」
「だからね、」

 だから。
その先は言わなくていい。手でその小さな口を覆ってしまえばくりくりとした大きな目を瞬かせてふにゃりと笑った。
今日はもう寝るぞ、と一言声をかけてなまえを抱いたままベッドへと向かう。
俺の首に腕を回したままうとうとと船を漕いでいるなまえの背中を優しくポンポンと叩いてやる。
俺らしくもない、なんて本日三度目になる嘲笑を浮かべて俺はベッドに転がった。
 柔らかな四肢を放り出してすやすやと眠るなまえに布団を掛けて俺も目を瞑る。
今日はとても大きな拾い物をしてしまった。
明日は服でも買いに行くか。

少女は笑んだ


 あぁ、そうか。俺はコイツに死んだ従姉妹を重ねている。

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