!よく分からないお話。中身は無いに等しい。



 やぁ。背後から掛かった声に振り向けば綺麗な男の人が私に柔らかい笑みを浮かべて軽くてをあげて立っていた。やぁ、名前。今度は名前も呼ばれた。一体誰なのか、分からないので首を傾げると今度は困ったように苦く笑ってこちらに近づいてきた。彼の目はギラギラと鋭く、赤々と光っている。

「やぁ、名前。」
「貴方だあれ?私、貴方のこと知らない」
「僕はトム・マールヴォロ・リドル。リドルって呼んで」
「どうして?名前が嫌い?」
「うん。平凡じゃないか」
「素敵、平凡って。異端は省かれる。そんなのって嫌」
「君は変わっているね」
「その他大勢に紛れた方が楽」
「没個性だ」
「全くその通り」

 にこりと微笑んで返せば顔を顰めてくだらない、と吐き捨てた。私は未だ微笑んだままである。
不愉快そうに眉間に皺を寄せて私の顎を掴み取り持ち上げる。交わった視線は欲望に満ちている。
ぞわりと怖気が走った。
逆立つ産毛に粟立つ肌はしっかりと恐怖を表していた。
支配欲。彼にはカリスマ性があった。
人の上に立つべき人間だと早々に気付く。
 私は微笑んだままに怖いと呟いた。愉悦に歪んだ顔は男を更に妖艶に魅せる。悪魔の様な男だ。
冷や汗をかけば顎を掴んでいた手は首へと回る。

「リドル、怖い」
「大丈夫、ぼくが一緒さ」
「あなたと一緒だから怖い。見て、膝が笑ってる」
「情けない子だね。一介の日記…記憶なんぞに恐怖している。なんとも愚かしい。が、しかし僕としては愉快で仕方が無いよ」
「リドル、」
「もういいよ、君には飽きた」
「違う、あなたの手、震えてる」
「…なんだって?」

 リドルは私の首から手を離してその両の掌をまじまじと見つめている。よく見ればその顔には冷や汗が。あなたも怖いんだ。
私はそっと彼の手を取って、握る。ビクリと肩を揺らしたリドルは戸惑ったように目を揺らせている。
 何故、僕が。自分が一番分かっていないようだ。私にも分からない。
ただ彼は、どうやら、私を殺したくはないらしい。
震えた手は次第に落ち着きを取り戻し温もりを取り戻してゆく。先程迄は死人の様に冷たかった。

「トム」

 名前を呼んで目を見据えれば彼の目はゆらりゆらりと揺れていた。
定まらない視線を合わせるよう、再び名前を呼ぶ。
リドルは口を微かに開閉し、まるで貝のように押し黙ってしまった。そんなリドルの頬に手を添えればまた、ビクリと驚いた様子で私を戸惑いがちに見つめてくる。
その様子は親に捨てられたばかりの子供のようであった。慈しみを込めた視線を投げかければまさに、子供のように愛らしく、そして久しぶりに笑ったのかぎこちない笑みで私の名前を呼んだ。

「名前、」
「なぁに、トム」
「君の中にトムは何人いる?」
「あなた一人」

 嬉しそうに笑うリドル。私の手を掴んで離そうとしないどころか、頬に添えた手に頬擦りをして見せた。これには私も驚いて、ぽかんとした表情をすれば困ったように眉尻を下げてごめんねと謝られた。ふるりと頭(かぶり)を振ればまた、嬉しそうな笑顔に戻る。

「ねぇ、名前」
「なぁに、トム」
「僕は君の一番になれているかい?」
「私の一番は今も昔も、トム、あなた」

 これまた嬉しそうに笑う。依存されているのだろうか。じわじわと感覚のなくなって行く指先にぐっと力を入れれば簡単に握り込めた。
稚児のように無垢な笑みを浮かべる。歳にそぐわ無いから歪だけれど私は綺麗だと思った。
まさに歪んでいる。

「トム、マールヴォロ、リドル」
「なぁに、名前」
「あなたは私が愛してあげる」
「本当に?」
「うん。だからあなたは私の拠り所となって」
「分かった」
「リドル、」
「なぁに」
「好き」
「…ふふふ、僕も」

 ふにゃりと笑ったリドルの頬を包み込むように手を添えると、彼は私の腕を壊れもののように掴んでくふくふと笑う。
滑稽だ。そう思わざるを得なかった。
シニカルな笑みを浮かべて両腕で彼の頭を抱き込めばきゃらきゃらと笑ったような気がした。
気狂いもここまで来ると稚児となんら変わりないだろう。
小さく唇を噛み締めて腕の中で笑う青年の頭を髑髏(しゃれこうべ)の形に沿って撫でた。
手を放すと落として壊れてしまいそうだと思った。



しゃれこうべ
131128
 

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