馬鹿ねと言って目に涙を浮かべて僕を抱きしめる名前さんにごめんなさいと言えばいいの、と言われてしまった。何がいいのか僕にはさっぱりだけれどそれでも名前さんがいいというならいいのだろう。僕は所詮その程度でしかないのだ。僕の世界の中心は今も昔も変わらず名前さんで名前さんがいなければどうにも出来ないのである。我ながら面倒臭い男だと思う。なんて女々しい人なの。いつだったか名前さんが僕に言った言葉だ。「なんて女々しい人なの。」全くそうである。なんて女々しい男だろう。だけどそんな女々しい僕でも名前さんは受け止めてくれるから、多分、原因は名前さんにあると思う。所謂責任転嫁だ。
そんな事を薄ぼんやりとした頭で考えていればそろそろと視界が霞んできた。ごほ、と咳をすれば口の中に残っていた水と血とあとよく分からない、何かが零れた。名前さんはずっと泣きそうな顔をしている。もうあと20秒も経たぬ内にこの綺麗なヘーゼルの瞳は伏せられて真珠の様な涙を流すだろう。そうして僕を強く強く抱きしめてひっくひっくとしゃくり上げ嗚咽を漏らしながら僕の耳元で小さく囁くんだ。


「行かないで」

途切れ途切れに紡がれた言葉に小さく笑う。あぁ、やっぱり。言うと思った。噎せながら名前さん、と呼べばまた「行かないで」と泣く。全く、可愛い人だ。もう死んでしまおうと意志を固めていたのに、それでも心を揺さぶる。全く、愛しい人だ。初めから僕の心をつかんで離さない。全く、酷い、人だ。

「ねぇ、レギュラス。行かないで」

ぐすんぐすんと鼻を啜りながら言う名前さんの背中に震える手を添える。名前さんの背中も震えていた。名前さん。優しく名前を呼べば少しだけ体を離して真正面から僕の顔を見つめる。大きな目は赤く腫れていて涙で艶めいている。なんて美しいんだろう。僕はもうずっと名前さんにベタ惚れだ。愛しい、僕の可愛い名前さん。僕はもうすぐ死んでしまうけれど、決して僕が生きていたという事を、事実を、忘れないで欲しい。あわよくば生涯君が愛するのは僕だけであってほしい。我儘だと、傲慢だと思うけれどもう僕には貴方しか残っていないのだから、少しくらい、我儘を言ったっていいじゃないか。ねぇ名前さん。僕を愛してくれてありがとう。君と出会えて僕は幸せだった。ほんの少し、君の人生の一瞬にも満たないであろう時間であったけれど、君と過ごせたことは僕にとっての宝であり、全てでした。もしまた、何処かで。未来で君と会えたなら、今度は君と人生を歩んで行きたいです。愛している、名前。どうか、僕を忘れないで。それじゃあ、また。

「死なないで、レギュラス」

君の顔が最期に見られて良かった



あの日のままのあなた/title 茫洋
131110
 

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