「スリザリンって面倒」 ぽつりと呟いて頁を捲る。英字で連ねられた文章を読んで内容を頭に叩き込んでゆく。 はぁ、と重たいため息を吐いて羽ペンを動かした。羊毛紙にはサラサラと分厚い本の中身と同じようなことが書き連ねられて行く。 インクが乾いた先から羊毛紙を少しずつ巻いて行く。頁をめくっては羽ペンを動かし、めくっては動かした。 何度目かも分からない溜息の後、漸く終わった課題を丸めて羽ペンを置き、ぐっと身体を伸ばした。 ゆっくりと息を吐いて顔を上げればすました顔でこれまた分厚い本を読み耽る同じくスリザリンの四年生、レギュラス・アークタルス・ブラックが、其処に鎮座していた。 あの馬鹿騒ぎばかりしている兄とは違って彼は大人しい。 しかしながら私には、彼の目の奥に、猛々しくも冷静な、それでいて情熱的な何かが光っているように見えて、その外面とのギャップに好奇心が湧き上がる。 そっと視線を外して周りに目をやれば如何にも気障ったらしいあのルシウス・マルフォイがやはり、女性を口説いていた。 彼には婚約者がいると聞いたが、気に留めないのだろうか。 私に関わる事ではないので、好きにして貰って構わないのだが。 ふぅ、と再度溜息を吐いて視線を戻せばいつの間に本を閉じていたのか、ブラックは私の事をじいっと見つめていた。 「…なぁに」 * その人は小さな声で誰に言うでも無く呟いた。 スリザリンは面倒だ、と。 僕はスリザリンである事に少なからず誇りを持って居たので思わず首を傾げてしまった。 この人は何を言っているのだろう。 よくよく見れば、彼女はスリザリンで腫れ物扱いされている名前・苗字であった。 純血であるくせに純血に拘らないその考えから、彼女はスリザリンの中でも浮いた存在として認識されている。 そのせいか他寮の生徒からもよく声を掛けられている所を見る。彼女と話した事は無いが、変わった人間だという印象しかなかった。 上げていた視線を下げてまた本に集中する。 度々聞こえる溜息も無視して頁をめくった。多分溜息を吐いているからと言って話し掛けて欲しい訳でも話を聞いて欲しい訳でもないのだろう。カリカリという羽ペンの音が止まないのがその証拠だ。 暫くしてコト、という音と共に羽ペンのカリカリという音も止んだ。課題が終わったのだろうと見当を付けてキリのいい所まで読み進めて栞を挟み、顔を上げて彼女の横顔を見つめる。 視線を辿ればルシウス先輩が女の人を口説いている最中であった。 まさかルシウス先輩が好みなのだろうかと彼女に視線を戻せば呆れたような顔をしていたのでどうやら外れらしい。 ルシウス先輩は僕の従姉妹であるナルシッサの婚約者であった筈だが、一体何をしているのだろう。 名前・苗字に視線を戻して探る様に見つめていると彼女がこちらを向いた。 目が、あった。 「…なぁに」 初めて聞いた彼女の声は、綺麗なソプラノではなく、落ち着いたアルトだった。 真っ直ぐな視線に耐え切れず視線を外しながらなんでもないと答えると、彼女は納得してなさげに、ふぅんと適当に頷いて頬杖をついた。 今度は僕がじいっと見つめられる番であった。熱烈な迄のその視線は熱く、ともすれば焦げてしまうのでは無いかという程。それはそれは熱かった。 本に戻した視線を上げて、今度は外さない様にしっかりと彼女の目を見据えた。 探る様に見つめても真っ直ぐな目からは何の悪意も、憎悪も、嫌味も見て取れなかった。 「…貴方は純血主義では無いんですか?」 「純血は誇れるものよ。優れているとも思う。ただ、最近は純血の名に乗っかってる馬鹿が多いみたいね。」 「純血主義、だったんですか」 「何方とも言えない。純血主義にも範囲があるもの。純血だけにすべき、ってことが純血主義なら私は違う。けれど純血は誇らしいものという考えだけならば私も純血主義。人によって定義は変わるもの。その人の物差しで見てくれて構わないと思ってるだけよ」 「…変わり者だと聞いていた割に、随分と真面目な方なんですね」 「そうかしら。そうでもないわよ。授業だって良くふけるわ」 「そういうことじゃありませんよ」 「分かってるわよ。で、貴方はどうなの?」 「貴方と同じです」 「そう…貴方は隠し事が上手いのね」 「そうですね。自分でもそう思います」 「でも、その隠し事のせいで身を滅ぼしかねないわね」 「…どう、でしょうね」 凛とした姿勢で僕に告げる彼女はまるでグリフィンドール生そのものだった。 物怖じしないその言い方に、僕は少なからず好感が持てた。考え方にしてもそうである。 僕と似たり寄ったりな考え方をしている彼女はまるでもう一人の自分の様に思えた。 ただ少し、生き方の違いのせいで僕の方が捻くれてしまったようだけれど。 「私、名前・苗字っていうの。スリザリンの5年生。O.W.Lに向けて頑張ってる所なの。よければ応援してね。」 「知っていますよ」 「でもそれは噂でしょう?ちゃんと自己紹介していないわ。」 「…レギュラス・アークタルス・ブラック。スリザリンの4年で、クィディッチのチームでシーカーを努めています。6年に兄がいますが、グリフィンドールに居るので話すこともありません。」 努めて冷静に、冷淡に。はっきりとそう告げれば彼女は目を煌めかせて感嘆の声を上げた。 どうやら目の前のこの人は僕のことを知っているようである。 それは"ブラック"としてか、はたまた"シリウス・ブラックの弟"てか。 または、"レギュラス・ブラック"として、か。 「貴方がレギュラス!あの鬱陶しいお兄さんから聞いてるわよ。ちゃんと友達作れてるか、ってね」 ー答えは、鬱陶しいシリウス・ブラックの弟、としての認識であった。 「…そうですか」 「まぁ、私には関係無いことよ。それよりも、ねぇ。私と友達にならない?」 彼女の発言にピクリと眉を寄せる。変人として浮き彫りに為れている彼女ではあるが、やはり、純血貴族の人間か。 ブラック家に取り入ろうという魂胆か、と冷ややかな視線をやれば、顔を顰めて貴方の家に興味は無いわとキッパリとした口調で告げた。 ならば、とうとう一人が耐え切れなくなったか。 「何故です。利益がありません」 「貴方って友達を作るとき、損得を考えて友達を作っているの?だとしたらそれって友達とは言えないわよ。」 「貴方には関係ありませんので放って置いていただけませんか?」 「何を勘違いしてるのか知らないけれど、私貴方の家に微塵も興味無いわよ。ついでに一人が寂しいから友達になって欲しいわけでもないわ。」 「ならば、何故」 この女の真意が見えない。 真っ直ぐと見つめて訝しげな顔でそう問えば彼女は途端に難しい顔をしてううん、と唸り始めた。理由を取り繕っているのだろうか。 「…なんでかしら」 「は、」 「ただ、何と無く。貴方となら友達になれそうな気がして…他の人は家名や顔しか見ないもの。"彼等の純血主義の定義"に私は引っかから無かったようだし、だから、それもあって友達なんて、いないし」 「……」 「でも貴方と私の考えは少なからず似通って居るでしょう?だから、その、気兼ねせずに居れるかな、って…思ったんだけど……」 もごもごときまりが悪そうに視線を下げて話す彼女は先程とは打って変わって嫌に縮こまっている。 先程までのあのハキハキとした貴方はどこへ言ったのだと聞いてやりたいが、如何せん今はそれどころではない。 チラチラと伺う様な視線は不安気で、悲し気で、そして何より寂し気であった。 しかし彼女の言い分をまとめると、 「僕なら、気を使わないって事ですか?」 「まぁ、うん。平たく言えばそうなるわね。なんかもう、見てわかる通り私って嘘も気遣いも下手くそなのよ。それこそ明け透けな位に」 「そうですね……」 「別に友達じゃなくてもいいの。さっき寂しくないって言ったけど、寂しいと言うより暇なのよ。ねぇ、たまにでいいから私とお話してくれない?」 「……なにも楽しい話なんて出来ませんよ」 釘を刺す様に一言告げればぱあっと顔を明るくしてこくこくと頷いた。 いつでもどこでも、貴方の好きな様にしてくれて構わないわ!声高々に(と言っても周りの生徒が気にしない程度なので高が知れている)発した彼女の言葉にクツリと笑んでじゃあ、そういう事で。と小さく笑って返して杖を一振りして防音魔法を解いた。 すると顔を下げて再び広げられた本に目を向けながら呟かれた言葉を耳にして僕はまた一人、クツリと笑んで、こちらも読書を再開した。 初めから彼女が僕と同じであると知っていて、尚且つこうなる様に仕向けたのは、また、別の話。 簡単なことだ 僕が君を好きだってことだよ。 title それがな弐か? 130726
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