ぽたり。

硬いフローリングにまだ暖かい雫がこぼれ落ちた。
ぐず、と鼻を鳴らして涙を食い止めようと必死に目をこする。
早く止めなければ。彼が帰ってきてしまう。
困らせることはしたくない。
どうしよう、どうしようととめどなく溢れ、落ちてゆき出来てしまった小さな水たまりを睨みつけてまた鼻をぐずりと鳴らす。

「…名前?」
「っ、」

いつの間に帰ってきたのか、背後から私の大好きな彼の声が聞こえた。
びくりと肩を揺らせて少しだけ後ろに視線をやれば、小さく首をかしげて訝しげにこちらを見つめる、慎吾くんの姿が。
私の涙が見えたのか、目を丸くして慌てて駆け寄ってきた。
それを拒むように慎吾くんから離れるように逃げようとするも呆気なく捕まってしまい、その胸に抱かれる。
ゆるゆると優しく私の髪を撫で、どうしたのだと聞いてくる、その優しげで不安げで、そして困ったような声色にああやってしまった、と心中で後悔を繰り返す。

「名前、どうしたんだよ」
「なんでもない、」
「んなわけねぇだろ」
「大丈夫だから、慎吾くん。離して」
「言うまで離さねぇって」

私の腰と背に手を回し、目一杯強く抱きしめる慎吾くん。
何でもないんだよ、本当に。なんでもないの。だから離して。
そう言っても聞く耳を持たず、ただ静かに私の体に回す腕に力を込める。
慎吾くん、痛いよ。
そう言えば早く言わないから悪いんだよ。
と悪びれた素振りもせず、少し怒ったようにそう言う。
ごめんね、と蚊の鳴くような声で言えばなにが、と返ってきた。
聞こえていたの、とびっくりして顔を上げれば眉を顰めて鋭い目で私を見る慎吾くん。
言葉に詰まって慎吾くんを見つめていれば、今度は眉を下げてごめんな、と謝った。

「…どうして謝るの」
「分かんない。けど、俺が悪いから」
「慎吾くんは悪くないよ」
「じゃあ、なんで名前、泣いてたんだよ」
「……」
「…、ごめん」

ぎゅう。先ほどより一層力を込めてまるで離すもんかと言うかのように体を密着させる慎吾くん。
さっきチラリと交わった目はお母さんに怒られた子供のように不安げに揺れていた。
ごめんね、慎吾くん。そう言って腕を伸ばしで慎吾くんの頭を撫でてあげた。
首元にスリスリろ寄ってきてごめん、ごめんなと謝り続ける慎吾くんを、今度は私が力強く抱きしめた。

「…ちょっと、」
「うん、?」
「不安になったの。」
「…なんで?」
「慎吾くんが、大好きだから」
「…わけ、わかんねぇ」
「慎吾くんが大好きだから、私なんかでいいのかなぁって」
「なに、が」
「隣にいるのが」
「俺、は…お前じゃなきゃ、名前じゃなきゃヤだよ」

少し濡れた目で私を見つめてはっきりと言い切る慎吾くんに安堵して、罪悪感が湧いて、ごめんねと告げればもういいから、ちょっとこのままにさせて、と言われた。
ずっと立っているのは辛いけれど、それでも慎吾くんがそうしたいというのならそれでいいだろう。
今日は色々考えて疲れたから早めに寝よう。
もちろん、慎吾くんと一緒に。

思慮深い君が好きだよ

タイトルは茫洋様より
130106
 

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