これの続き



 夕方とは言えやはり冬は寒い。もう冬も真っ盛りで、もうすぐクリスマスであると歌舞伎町はクリスマスカラーで一色だ。イルミネーションもチカチカと光り輝いて目映い。
隣を歩く坂田さんは少し寒いのか鼻をすすりながら前を歩いている。家からそのまま出てきたからマフラーをしていないのは見ていて寒そうだ。
坂田さん、と声を掛けるとんーと言いながら振り返る坂田さんはなんだか子供っぽくて少し可愛い。
寒いですかと聞けば別に、と大嘘をつく。
今だってほら、袖をいっぱいに引っ張って手を隠そうとしている。
対する私の手は手袋に覆われていて暖かい。間違えて男物を買ってしまったが、暖かいのでいいだろう。

「坂田さん」
「なぁーんだよ」
「ちょっと手、離してもらえますか?」
「は?」
「早く、ほら」
「なん、えぇ…?」
「っと…坂田さん右手出して下さい」
「??、ん…」
「ふふ、どうぞ」
「おま、寒いだろ?」
「また手を繋いでくださるんでしょう?」
「…そー、だけど」

 うーんと唸りながらも手袋を外そうとしない坂田さんは自分に正直だ。
右手にはめていた手袋を外して坂田さんの手にはめた。元々右手は坂田さんが繋いでくれていた方の手である。
手を繋いでくれるのなら直に温もりを感じたいと思うし、なにより坂田さんの服の袖が伸びるのは頂けない。
 ついでに、と未だ唸っている坂田さんの首にマフラーを巻きつけた。
真ん丸に目を開いている坂田さんが可笑しくて笑うと坂田さんはマフラーを突き返そうとする。してくれないと手を繋がない、なんて脅しにもならない脅しをかけると坂田さんは渋々マフラーを付け直した。

「寒そうで見てられなかったんです、許してくださいね」
「だからってお前ねぇ…女は身体冷やしちゃいけねーんじゃなかったっけ?」
「上着が暖かいので平気ですよ。坂田さんは心配性なんですね?」
「…そりゃ、当たり前だろ。ホラ早く帰んぞ」
「…っ、はい」

 仄かに頬を染めて視線を逸らす坂田さんに驚いて息を詰まらせた。なんとか声を搾り出して差し出された手を握ると坂田さんはきゅっと少し力を込めて歩き出した。
私のマフラーに顔を埋めて口をへの字に曲げている坂田さんは可愛い。私も手に少し、力を込めてきゅっと握り返すと視線だけ私の方に向けて、その目元を柔らかく緩めた。
期待しては、いけないのだろう。
けれどやはりその反応はズルいと思ってしまう。
私のことなんて、別に異性と思っていないだろうに。酷い人だ。ズルい。

「…坂田さん、いつもそうしてたらきっとモテますよ」
「…別に、モテなくていーよ」
「あら、いつもはあんなに喚いているのに」
「喚いてねーよ。…お前が、居たら……別に、」
「……期待、しますけど…その、発言は、」
「ははっ…俺も、自惚れてるっての」
「っ、馬鹿じゃないの…」
「ふはっ、かーわい」
「なっ、!」
「なぁー、あのさ」
「…なんですか」
「好き、すっげー好き。」
「…ずるい、私だって…っ!」
「私だって、なに?」
「…す、すき…」
「…あー銀さん今ちょっとヤバい、かも…」

 斜め上を見上げると顔を抑えて背ける坂田さんの姿。でも良く見ると耳が赤くなっていた。同じくらい赤いだろう私の顔は外気に晒されて少し涼しく感じる。
ぎゅう、と握る手に力を込めてゆっくりと息を吸う。
初めて言うけれど、声は裏返らないだろうか。
ドキドキと高鳴り緊張する心臓を必死に落ち着かせて手を少し引いて顔をこちらに向かせた。
赤い顔をそのままに目を見開く坂田さんにだけ聞こえるような声で、言った。

「ぎ、銀時…さ、ん」
「なっ……」
「好き、ずっと好き…だった、から」
「…おう」
「う、う、嬉しい…あり、がとう」
「お、う」
「銀時、さん…大好き…っ」

 ああ拙い、顔が熱くて熱くて仕方がない。羞恥で浮かぶ涙をそっと拭いて俯いて目をぎゅっと閉じると、腕を引かれて暖かい温もりに包まれる。
そっと目を開いて確認すると、何と無く想像はついていたが、やはり坂田さんに抱き締められていた。
銀時さん、だなんて。初めて呼んだ。慣れないものはするものじゃないと思いもしたが、これで抱き締められるのならば無理をしてでも呼んで正解だったのかもしれない。
幸いここは私の家の前で人通りも殆ど無い。同じ歌舞伎町とはいえ端の方だとこんなにも人通りが違うのかと思うと少し面白い。

「おっま…本当、そういうのさァ…」
「気に入り、ませんか…?」
「ちっげーよ馬鹿。そうじゃなくて、ホラ…銀さんキュンとしたってこと…って何言わすんだよお前は」
「銀時、さん」
「〜っ、だからさァ!」
「名前で、呼んで欲しい、な」
「〜っもう!お前は!ずるい!」
「銀時さん銀時さん」
「何!?名前?」
「ううん、ぎゅってして、くだ、さい」
「ぁぁああ………悪魔か、おま、いや名前は…」
「銀時さん限定ですよ、なんて」
「…名前、」

 真剣な眼差しで私を射抜く銀時さんはいつもと違って勇ましく雄々しい。
はい、と喉の奥から声を搾り出して返事をするとやさしい温もりに包まれた。
壊れものを扱う様な手つきであるが、それは私のためであろうか。分からないけれどこれからもっともっと強く抱き締めてもらえるようになろうと思う。
ふぅ、と耳にかかる息がくすぐったい。身を捩ると銀時さんはに込める力を強めた。先程の言葉は撤回しようと思う。

 いつになく熱を孕んだような視線が深く突き刺さる。身を焦がす様なと表現するに値するほどの熱烈な視線が私の視線を絡め取る。いつの間にか引き寄せられた腰のお掛けで銀時さんと私の間の隙間は大凡0cmだ。1mmもない。つまりとてつもなく密着しているのである。
当然そんな近距離に慣れていない私は緊張して身を固くするわけで。

ん?固く?この腹部に当たるものは一体…?

「ムラっときた…」
「早急に死ね」

先程までの甘く焦がれた時間を返して欲しい。そう思うのは私だけではないはずだと思いながらとりあえず坂田さん呼びに降格して腕をひねり上げておいた。



やよや、冗談じゃねぇや/title 茫洋
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