「坂田さんってさ、モテませんよね」 「文頭がそれなの?お前なに、銀さんに喧嘩売ってる?買うよ!?」 ギャアギャアと騒ぎ人差し指を此方に突きつけて表出ろォ!と大人気なく怒鳴り散らす坂田さんにフンと鼻で笑って見下してやればやればまた火山が噴火した見たいに喚き散らしててめェェエエエ!!!と叫んで飛びかかってきた。 ヒラリと身を翻して躱せばソファに頭から突っ込んで首をゴキリと鳴らしていた。酷く痛そうである。 少しだけ可哀想に思って襟首を引っつかんでソファに寝かせてあげるとピクピクと痙攣しながらも「あが…あがが…」なんて呻いているからとりあえず冷蔵庫から氷嚢を持ってきて首に当ててやる。 「坂田さん馬鹿ですね、この私に飛び掛かるなんて猿ですか」 「う、うるせぇ…お前が悪いんだろうが!!…っ、」 「ああホラ、動かないで下さい。氷嚢がズレます」 「お、前は…優しいのか、そうじゃねーのか…」 「優しいですよ、氷嚢要らないんですか?」 「い、いる」 「ハンッ!」 「お前はまた…はぁ…」 ため息をつく坂田さんに失礼な人ですねと声をかけて、それから大丈夫かと問えば少し楽になってきたと言う。 それはよかったと氷嚢を離して首を撫でるとピクリと反応する。伺う様な視線を向ける坂田さんを視界の端に捉えてまた氷嚢をくっ付けた。冷たかったのか、またピクリと反応する。なんだか可愛らしい。 「良くなるといいですね」 「お前それ本当に思ってる?」 「罪悪感位感じますよ」 「へぇー…」 「小指の爪の先くらいはね」 「ねぇそれ凄く小さくない?そんなに感じてなくない?」 「この私が罪悪感を感じてるんですよ?」 「あ、あぁそう…」 なんて無礼な!と態と声を大にして言ってやれば坂田さんは小さく笑って悪ィ悪ィ、と悪びれもなく謝ってのけた。酷い人ですねぇ、なんてのんびりと間延びした声で言うとまた笑う。 そろそろ痛みは引いてきたかと聞けばもう痛みは少ないと言う。氷嚢を離して台所に置きに行き、湿布を持ってソファに戻ると坂田さんは首を摩りながら顔を顰めている。 動かしちゃ駄目ですよ、と声を掛けて坂田さんの手を取り首から離し、湿布を貼ってやるとやる気の無い声で礼を言われる。くすりと笑って首をペシリと軽く叩くと大袈裟に痛いと騒いだ。 「いってーなこのクソアマ!」 「坂田さんの首捻じ切りますよ」 「わ、悪ィ…」 「あはは、冗談ですよ!」 「や、冗談に聞こえねぇよ…」 「それよか坂田さん、本当にモテませんよね」 「またその話かよ!ほっとけよ!」 「いやぁ、坂田さん顔は悪くないのに、性格がクソだから…」 「せ、性格がクソ…」 「やる気出したらかっこいいのに、勿体無いですよ。」 「そ、そォ〜かなァ〜?俺、かっこいい?マジで?」 「ごめんなさい見間違いみたいです。気色悪い」 「気色悪い!?俺のこと!!?」 「顔がこう…なんていうかデロデロに…」 「でっ…!?」 デロデロ、と言ってから膝から崩れ落ちた坂田さんを上から冷たい目で見下ろせば坂田さんは顔を引きつらせなが視線が痛ェ…と呟いた。 阿呆らしいなぁなんて思いながら坂田さんから視線を外して腕時計を見るともう坂田さんの家に来て1時間も経っていた。それにしても神楽ちゃんと新八くんは遅いな。もうしょうがないから持って来たおかずは坂田さんに預けてしまおう、と踵を返す。 「えっ、ちょ、どこ行くの?銀さん放ってくわけ?ねぇ、ちょっと名前さん?」 「おかずを冷蔵庫に仕舞いに行くんですよ。新八くんも神楽ちゃんも遅いし、坂田さんに頼んでも入れ忘れそうですからね」 「あ、あ〜……そう…ありがとな」 「いいえ、お気になさらず。そうだ坂田さん、この後お時間あります?」 「え?あるけど…」 「この前甘味屋さんで割引き券頂いたんですよ。坂田さん甘いものお好きですし、良ければいかがですか?」 「マジで!?行く行く超行く!」 「っていうのは嘘なんですけど、」 「嘘かよ!!期待したじゃねぇかよ!」 「っていうのも嘘なので一人で行きます」 「ごめんごめん謝るから許して名前様!ねっ?」 「ぷ、あははは!坂田さんってば変わり身早すぎますよ!」 「だぁーって甘いものが掛かってんだぜ?」 当たり前だろ?と言わんばかりの表情をこちらに向けてなぁ、と首を傾げる坂田さんを見てくすくすと笑うと坂田さんも気の抜けた顔でほんの少し笑う。 ほんと、いつもこんな風に笑っていたらもっとモテるだろうに、勿体無い人だ。 だからこそ私は、そんな坂田さんに魅せられて惹かれるのだろうけど。それは私だけの秘密である。 「ふふ、ごめんなさい。でも割引き券一つなので、差し上げますよ。」 「お前いらねーの?」 「あまり行きませんし、それなら坂田さんに差し上げた方が宜しいかと思いまして。要りませんか?」 「や、要るけどよ…」 「そこ、女性ばっかりって訳じゃありませんから気兼ねしなくて大丈夫ですよ」 「そーじゃなくてね、」 「…一人で行くのが寂しいんですか?」 「ア!?いやっ、そうじゃねーよ。そうじゃなくてだな、アー…」 「…ふふふ、じゃあ私と行きますか?」 「え、」 「それとも別の方と行かれますか?」 冗談めかして問うと、途端に慌て出す坂田さんが面白くて面白くて笑ってしまう。こういう期待させるような所も、好きだけれどやはり少し寂しくも思う。恐らく坂田さんは別に私に恋慕しているわけでもないだろうから、こういう風に期待させられるのは嬉しくも思うが寂しくも思う。 けれどやはりこうして坂田さんの元へとやってきてしまうのは彼に引き寄せられている様な気がしてならない。 彼は、彼の目は、いつも死んだ魚の様な生気も幸も薄そうな色を見せているが彼の言葉と雰囲気と、性格は周りに人を引き寄せるようなものである。 だから彼の周りにはいつも誰かがいるし、いつも騒がしくて楽しげだ。 そんな彼を羨ましくも思うのは、やはり人間の性と言うのか。所謂嫉妬である。 自分に無い物を持つ彼に惹かれたのも必然か、或いは。 「い、や!お前と行く、一緒に行ってやる!」 「っふ、…!あ、りがとうございます…」 「…っあー、折角かっこ良く誘おうと思ってたのによー…」 「あら?最初から誘ってくださるおつもりだったんですか?」 「そーだよ、でもほらァ…お前が言っちゃうからさァ…」 「なら今度はよろしくお願いしますね」 「…おー、任せとけ」 優しく笑う坂田さんに私もつられて笑う。穏やかな時が過ぎるのを感じながら割引き券、今度行く時にお渡ししますねと言えばおー、と気のないような声色で言う。そろそろお暇しようと帰る支度をしてジャンプを読み始めた坂田さんに帰ることを告げると送ると言って立ち上がった。申し訳なくて断ろうとすると俺が送りたいだけなの、なんて言われて。断れないじゃないかと坂田さんを見上げると、手を差し出して私の名前を呼ぶ。名前、と。 本人は無自覚なのだろうけれど、甘い声で名前を呼ばれてしまえば流石の私も照れてしまう。 俯いて謝罪と礼を述べてそっと手を差し出すと、今度は坂田さんがくすくすと笑ってどういたしまして、と言って私の手を引き、共に玄関を出た。 指先が孕む熱/title 茫洋 131220
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