好きだった。
ずっとあの人が好きだった。
あの癖毛で柔らかな黒髪も、少し釣りあがった猫目も、鼻筋がキュッと通った鼻も、形の整った唇も、屈託のない笑顔も、物怖じしないところも、遠慮のないところも、照れ屋なところも、優しいところも、子供っぽいところもも全部何もかも好きだった。
 けれど同じだけ嫌いなところもあった。
皆に優しいところ、実は紳士的なところ、私にだけ少し冷たいところ、期待させるところ。
色々あるけどそれでもやっぱり好きだった。
あの猫目の少年が好きだった。
野球が大好きで、三橋くんが大事で、仲間も大事で、頭はそこそこだけど運動神経は良くて、なにより頼りになった。
そんな王子様みたいな彼がずっとずっと小さい時から好きだった。

「じゃあね」
「あ、うん」
「叶くんと会うこと、もう無くなるね」
「そーかもな」
「寂しくないの?私がいなくなって。」
「寂しい訳ねーだろ、馬鹿。早く行けよ」
「あはは、そうだろうね。…叶くん」
「なんだよ」
「ごめんね」
「は…」

 ごめんね。
謝って、小さく笑えば訝しげな顔をして私を見てきた。
叶くんとは幼馴染だった。
生まれた時から一緒で、小さい時こそ仲が良かったけれど、段々大きくなるに連れて彼は私という存在を疎ましがった。
それは多分、小学校の時に私と付き合ってるって馬鹿にされたからだと思う。
私は昔から物静かで大人しい性格だったからよく根暗と呼ばれ馬鹿にされていたし、それを助けてくれていたのが叶くんだった。
けれど、私と噂が立って馬鹿にされてから彼は私を助けてはくれなくなった。
当たり前だと思う。
それから私は彼を”修くん”と呼ぶことは無くなって、代わりに”叶くん”と呼ぶようになった。
彼は最初可笑しな顔をしたけれど、私より先に苗字で呼んできたからか、何も言わなかった。
私も、何も言わなかった。

「ずっと迷惑かけてごめんね」
「本当だよな」
「重荷だったよね。私のお世話なんか任されたから」
「そーだよ。お前となんか別に、関わりたくもねぇのに」
「うん、ごめんね」
「…もう、会うこともねーだろうけど、な」
「うん」
「…本当、に…行くんだよな、」
「…叶くんには皆が居るから。私なんかが居なくなったって、変わらないよ」
「………」

 叶くん。呼ぶと、顔をあげて私の目を見つめる。叶くんの目は少しだけ揺れている。けど私は、それに気付かない振りをして笑った。叶くんは少し、辛そうな顔をして俯いた。
叶くんが悲しい顔をする必要はないのにね。優しいんだね、叶くん。
けどやっぱり、ズルいよ叶くん。

「私ね、」
「おう」
「叶くんと会った時からずっと言いたいことあったんだよ」
「つまんねーことだろ」
「うん。あ、そうだ。小学校の時、根暗って苛められてるの助けてくれてありがとう」
「そのせいで俺までからかわれたけどな」
「うん、ごめんね。でもありがとう。凄く嬉しかった」
「…一回しか、助けてねーのに」
「一回助けてくれたじゃん。」
「屁理屈だな」
「でもその一回が嬉しかったんだよ。」
「…そうかよ」
「叶くん」
「…なに?」
「修くん」
「………なに、名前」
「ご、めんね…ずっと、好きだったよ」

 ごめんね。俯いて謝った私は叶くんの顔を見ること無く改札を抜けて階段を駆け降りてホームに降り立った。小さく震えている手をぎゅっと握り直して私は息を吐いた。
 今からやってくる新幹線に乗って私は新しい場所へと旅立つ。彼と分かれて別々の所で暮らしていかなくてはならない。親の都合というありがちな話だ。
といっても私は彼と恋人同士ではなかった。
幼馴染という薄ら寒い関係であった。腐れ縁というやつだったのだろう。それが切れただけだ。つまり、もう腐れ縁でも何でもない。
ホームにやってきた新幹線に乗り込んで席に着いた。
彼から逃げてからずっと震えている携帯電話の電源を、無造作に切る。
流れ落ちた一筋の涙にも、気付かない振りをする。
それから、彼ともうずっと会っていない。



眩しすぎるから/title フライパンと包丁
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