「ギア、ッチョ」 か細い声で名前を呼ばれる。正直、鬱陶しいと思うがこれで怒鳴ればアイツは涙を流してごめんなさいと謝ってこの部屋から出て行くだろう。 そうなっては後々が面倒臭い。 だから俺は出来るだけ穏やかに何だと聞き返せば名前はぐすんと鼻を鳴らして近くに行ってもいいかと問うた。好きにしろと言えばごめんね、と言って俺の背中にぴったりと寄り添った。 背中に感じる暖かな温度は紛れも無い名前のもので、俺は知らぬ間に息を深く吐いていた。
「…んだよ」 「え?」 「なに考えてんだ、って言ってんだよ」 「…なんでもない」 「なんでもねぇわけねぇだろうが」 「っ、」 「どうせまた下らねぇこと考えてんだろ」 「ひ、どい」 「お前の考えてることなんざ全部下らねぇんだよ馬鹿が」
う、と嗚咽を小さく漏らして俺の背で泣く名前の方に身体を向ける。 後頭部に手を添えて乱暴に胸元に引き寄せれば俺のシャツを掴んで泣く名前の頭をぽんぽんと優しく撫でてやる。 こんなこと、俺らしくないと思うがそれでもこうしねぇとコイツはまた取り留めもないことばっかり考えやがる。 一体何がお前をそこまでネガティブにさせたのかも疑問だしムカつくが今はそんな事を考えてる場合じゃあねぇ。
ギアッチョ、と名前を呼ばれてまた、なんだと聞き返せば返って来るのはいつも同じ言葉。 ごめんね、と、ありがとう。 それからたまに好きだよ。も返って来る。 馬鹿じゃあないのかと思うことなんていつもの事だが、コイツはこれでいて中々頭がキレる。 代償とでも言うのか。 頭がキレる変わりに精神が不安定、だなんて。そんな馬鹿みたいな事があってたまるか。 ギアッチョ、ギアッチョと譫言の様に名前を呼び続ける名前の唇を強引に塞いでさっさと寝ろ、と吐き捨てればまるで幼子の様な無垢な笑みを浮かべて「今夜は月が綺麗ね」なんて言って目を伏せた。 その日は雨の降る夜だった。
喜色満面の死に顔
伸ばした手は月は愚か太陽にも届かなかった。
夏目漱石は「I love you.」を月が綺麗ですねと訳したそうですね。 今夜は月が綺麗です。本当に。 タイトルは舌様より。 130524
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