「名前!名前どこ!?出てきてよ名前!!」
「なァ〜によメロンちゃァん」
「あ!名前ってばまた煙草吸ってェ!!ヤメロって前言っただろー!?」


ドタドタと喧しい足音を立てて私の部屋に飛び込んできたこの男はメローネと言って私の仕事仲間であり、そしてなんと彼氏でもあるのだ。
なんと、と言うのは彼が筋金入りの女たらしであるからそういったものいいになってしまうのである。
彼女の私が言うのも何だが、今でも何人か女の子を侍らせて居るのではないだろうか。そして私もそのうちの一人なのでは。
そこ迄考えたところで口に加えていた煙草を引ったくられた。
因みに私が彼をメロンちゃんと呼ぶのは彼の名前、メローネがメロンを指すことから、からかってそう呼んでいる。本人は然して気にして居ないが。


「何するのよォ、返して」
「ダメダメ!吸いたいならオレので十分だろ?」
「やぁだメロンちゃん、まだお昼よ?」
「ベネ!その蔑んだ視線、ディ・モールトいいッ!」
「もォ、とんだ変態ね。さ、煙草返してメロンちゃん」
「だーめ。煙草吸う位ならキスしようよ、名前」
「メロンちゃんのキスは長くて苦しいからイヤ。するならプロシュートとするわ」
「それもダメ!!名前にはオレがいるんだからプロシュートなんか要らないだろ?」


私の座っているベッドに寄ってきてするりと内腿を撫でてくるメローネの手をぱしりと叩いて嫌よ。と真顔で返してやればメローネは唇を少し尖らせて私の横に寝転んだ。
ちぇっ、なんて言いながらもチラチラと視線を寄越してくるのが何だか可愛くて口に手を当ててくすくすと笑えばメローネはパッと起き上がってその顔に笑みを称えた。


「なぁ名前、キスしたい」
「どうせキスから先まで為るつもりなんでしょう」
「いいや、違うよ!本当にキスだけ。ねぇ、ダメ?」
「ダメよ。そんなにキスしたいなら街に行って女の子捕まえてなさい?」


そう言うと、途端に笑みを消して私の手を強く掴んだ。
一体何事かとメローネの顔をみればゾッと為るほど無表情でギリギリと掴んだ手に力を込めてくる。骨が折れるんじゃないかと思う位痛い。


「メロンちゃん、?」


痛さに顔を歪ませながらも控え目に名前を呼べば今度はその手に爪を立てられた。
ガリ、と皮膚が抉れ血が出てくる。


「メ、ローネ…なに、どうしたの。痛いわ」
「どうしたの、だって?それは名前だよ。どうして街で女の子を捕まえなきゃあならないんだい?オレが好きなのは名前だけなのに。ねぇ、どうして?ディ・モールト腹立つ。」


いつものあの調子のいい話し方からは想像も出来ない位低い声で私を責める様に言葉を発するメローネに、思わず鳥肌がたった。


「どうしてって…貴方私以外にも彼女がいるんじゃあないの?」
「君はオレがそんなに不誠実な男だとでも思っていたのかい?だとしたら誤解、誤解だよ。それは間違いだ。確かにオレは女の子をベイビィフェイスの母体にしたいと思っている。けど、だけど話たり、甘えたり、甘えられたり、キスしたり手を繋いだりそれ以上の事をしたいと思うのは君だけだよ。君にしかこんなこと、思いはしないんだ。」
「メローネ…」


ぞわりとした怖気の後、私はどうにも誤解をしていた事に気付く。
ああ、私はどうして今まで気がつかなかったのだろう。
心の中で今までの自分を責めるも悲しげに伏せられたメローネの目はいつもの様なある意味純粋な輝きを取り戻さない。


「勘違いしている様だけれど、オレの彼女はキミしかいないよ。」
「…ごめんなさいメローネ。貴方のこと誤解して居たわ」
「そう、そうだね。名前は誤解していた。分かって貰えたならいいんだ。ごめんよ名前、キミを傷付けてしまった。」
「いいのよ、気にしないで。これは私への罰、そうよ、戒めなの。これでもうメローネの気持ちを違えたりしないわ。」


眉間に皺を寄せて私の手をそっと包み込むメローネの髪を反対の手で撫でればメローネはその悲しげな顔のまま笑った。
彼の額にキスを落としてグラッツェ、と感謝の意を告げればメローネは、今度こそ綺麗に笑った。
肉厚でふんわりとした柔らかいメローネの唇がわたしのそれに触れる。
舌を絡めることも歯列をなぞることもしない、ただくっ付けるだけのキスが心地良かった。
長いことそうしていたが、ちゅ、という軽い音と共にメローネのそれが離れた。
お互い視線を絡めて、それから指を絡めて。小さく微笑んでまた口付けを交わす。
少しかさついたメローネの唇は暖かくて私を安心させた。
本当は、彼女なんて両手じゃ足りない位いるんでしょうけれど。


泥沼にて猫かぶり


愚かなのは僕か君か


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