ふわふわと定まる事のない彼女の視線は時たま僕に定められる。ちらり、ちらりと、さも僕を見ているわけではないと言いたげな視線が面白くてふ、と笑えば彼女は吃驚した顔をして、それから恥ずかしそうに眉を下げてまた視線をあっちへフラフラ、こっちへフラフラと彷徨わせる。大概恥ずかしがり屋だとは知ってはいたけれど、流石にこれは重症だろう。そう頭で考えながら居心地悪そうに肩を竦めて何を言おうかと口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返している名前さんに僕はゆっくりと口を開く。 「返事を、聞かせてくれませんか」 「あ、えっと…えぇ…?」 「僕の事が嫌いですか?」 「え、いや、別に嫌いとかじゃなくて」 「じゃあ好きですか?」 「え、えっと…」 「…僕は貴方が好きです」 「あ、え、」 「男慣れしていなくて、直ぐに恥ずかしがって、目線を合わせられなかったり、口を噤んでしまう貴方が好きです。周りをよく見て発言する貴方が好きです。友達が大好きな貴方が大好きです。」 他にも一人でいろんな事を考えて、それに合わせて行動する貴方が好きです。馬鹿をやって友達を笑顔にさせる貴方が好きです。好きなものは好きと胸を張って言う貴方が好きです。だけど嫌いなものは濁す貴方が好きです。 外見的な面には触れず、内面的な面の好きな所について述べるとみるみるうちに首まで赤くして顔を俯かせる名前さんが可愛くて、頭を撫でてしまいそうになった。 しかし彼女の頭に触れる事なく止まった手を元に戻して、「その凄く恥ずかしいとき、嬉しいときに泣いてしまう所も大好きですよ」と告げて彼女の目に溜まっているであろう涙を拭ってやれば案の定僕の手は彼女の涙でしっとりと濡れた。 それから今一度手を伸ばし、彼女の頭に乗せて髪の毛を梳く様に撫でる。小さな嗚咽と共に床に滴り落ちる涙を見て僕は小さく笑った。 ごめんね。 一言告げて両手で彼女の頬を包み込み、上げさせる。 涙で濡れた頬は熱くて、彷徨う視線は濡れていて、薄く色付いた桃色の小さな可愛い唇はへの字を描いている。嗚咽を漏らさない様にと噛まれた下唇は綺麗な薄ピンクから少し色が変わっていた。 「唇、噛まないでください。」 「っ…、」 「無理して声を殺さないでください。僕に聞かせてください。」 「無理、だよ…はずかし、よ」 「ダメです。ちゃんと聞かせて。恥ずかしい事なんて、何も無いんです。そんな事も気にならない位、僕は貴方が好きですから」 「そ、いうのが…っ、恥ずかしい」 「あんまり恥ずかしい恥ずかしいと声を聞かせてくれないのなら、キス、しちゃいますよ」 ふに、と柔らかい彼女のそこに濡れた指をひっつければ目を見開いて余計に涙を溢れさせた。 堪えきれずに漏れ出す彼女の嗚咽は次第に大きくなり、僕の耳に響く。 ぼくがかのじょをなかせている。 その事実だけで僕の心は十二分に満たされるけれど、やはり僕は彼女が欲しくて堪らない。 吸血鬼が血を欲するのと同じ様なものだと考えてくれれば分かるだろう。 そう、僕にとって彼女の存在は必要不可欠なのである。 「僕のことが好きなんでしょう」 「ぅ、…っく、」 「だから、こんなにも泣いているんでしょう」 「ち、が…」 「違わない」 「ちが、う」 「違いませんよ。だって、もし違うのならば」 「違うのならば、貴方は泣いたり、しない」 彼女の背に手を伸ばして引き寄せ、抱き締める。 痛い位力を込めてやれば腕の中で暴れる彼女もぐ、と小さく唸って痛いと零した。 それから少し力を抜いて、でも離れられない様に背と腰に腕を絡めて彼女の肩に顎を乗せると戸惑いがちに彼女の手が僕の服の裾を掴んだ。 「何も怖がることはないんですよ」 「ある、よ。怖い。きみも、きみの周りも、全部こわい」 「怖くない。それは貴方が怖いと自己暗示を掛けている所為です。」 「かけてないっ、!」 「掛けていますよ。現に、こうして僕に抱き締められているのに、僕の服の裾を掴んでいる。怖いのなら、身体を強張らせて震わせる筈だ。大声を出して逃げる事だって出来る。」 「っ、」 「名前さん、君は逃げている。現実から、世界から、自分の気持ちから逃げているんだ」 「逃げて、ない」 「嘘つき。ちゃんと、貴方の本当の気持ちを聞かせてくれ。僕に、ちゃんと。」 「う、〜っ!」 ぎゅう、と握られた服の裾に皺が出来てしまったけれど、彼女がしたものだと思えばそれすらも愛おしい。 肩に回していた手を彼女の頭に回してゆるゆると撫でれば観念した様に涙でぐしゃぐしゃな顔を僕の肩に埋めて、蚊の鳴くような小さな声で僕に思いを告げた。 「す、き」 「うん」 「すき、だいすき、だいすき」 「うん、僕も」 「はるの、が、だいすき。ずっと一緒にいたい、よ…っ」 「僕も、好きだ。大好き。ずっと一緒にいよう」 「そ、れはだめ」 「どうして」 「はるの、は…人気者だから、だから」 「みんなから奪えない、ってことですか?」 「、うん」 「なら、大丈夫ですよ」 「なんで?」 「今、この瞬間から僕は名前さんのものだ。名前さんの為にある。だからずっと一緒にいられる」 「でも、」 「それに、僕も名前さんと一緒に居たいんです。」 強く。目を合わせて強く語り掛ける。名前さんと一緒に居たい。その気持ちがちゃんと伝わる様に。 困った様に眉尻を下げてそれでも、と言葉を繋ごうとする名前さんの唇塞げばまたはらりと涙が零れ落ちた。 「僕のお願いを聞いてください」 「はるのの、お願い?」 「そう、僕のお願いです」 「それは、なあに」 「名前と、ずっと一緒に居たいんだ」 「…ずるい、」 ずるい、するいよと何度も何度も繰り返して、僕にしがみつく名前さんの可愛らしいこと。 うぅ、と泣きながら僕の胸へと戸惑いなく飛び込んできた事からして、彼女も腹を括ったのだろう。 優しく抱き締めて耳元で囁く。 「こんにちは、僕のプリンセス」 クスクスと肩を揺らして笑う彼女の耳に噛み付いてやった。
130517 加筆修正 130606
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