いつでも眠たげに身体を、頭を、ユラユラと揺らす苗字を見てひっそりと笑う。
こくんこくんと上下する頭が可笑しくてふ、と笑うとビクリと身体を一度、大きく揺らして机を蹴った後キョロキョロと周りを見回して息を吐いた。あぁ、可愛い。
暫くするとまたこくんこくんと揺れ始める頭を後ろから眺めてくすくすと笑っているといつの間にか授業が終わっていた。
 挨拶の間もくったりとしていた苗字だが、休み時間に入ると目が冴えたのか身体を横に向けて壁を背にクラス内を見渡している。腕は自分の机と、僕の机とそれぞれに置かれてまるで踏ん反り返っているようだ。
ちなみに俺は窓際の一番後ろで、苗字はその一つ前の席である。

 丸い目を一生懸命に動かして耳を済まして人間観察をするのが彼女の趣味らしい。この席になる前からいつもしている。
右へ左へと忙しなく動く視線が此方を向いた。交わる視線にドキリと心臓が跳ねる。
驚いたように目を丸くさせ無意識にマスクを付け直す苗字が可愛くてくすくすと笑うと恥ずかしいのかじとりと睨んで視線を外した。
机の上に乗せられた手をそっと掴むとギョッとした顔ですぐさま此方を見る。

「なんですか?」
「うーん、いや、汐華くんがどうかしたの?」
「何でもないですよ」
「じゃあ、あの、離してもらえる…?」
「何をですか?」
「え?」
「何を、離して欲しいんですか?」
「手を離してほしいなぁ」
「嫌です」
「えっ」
「嫌です、離しません」

 掴んだ手にぎゅっと力を入れるとええ、と困ったと言わんばかりの声で唸りながら視線をまた動かす。
こっちを見て欲しくて、もう片方の手も添えて握るとそろりと此方を見る。手元を確認して頭にハテナを浮かべながら汐華くん?と僕の名字を呼ぶ。可愛い。

「手、繋いでいたいです」
「え、でも私達別にそういう関係じゃないよ?」
「そういう関係ってどういう関係ですか?」
「そりゃ…恋人というか、」
「でも、だったらなればいいんですね?」
「し、汐華くん…?」
「僕は今から名前さんの彼氏です」
「もしかしてからかってる…?」
「僕は本気だ。君は、もう僕のものだ」

 瞳を見つめて両手で固く手を繋ぎ伝えれば何が何やらと百面相をしている。
片手を離して眉間による皺をぐりぐりと伸ばすとうわぁと声をあげて目を瞬かせている。
ほんのりと色付いた頬を見て顔が緩む。ふふ、と笑って頬をつつくともう!と言いながら手を掴む。

「汐華くんて意地悪なんだね」
「そんな事ないよ、君にだけだ。僕が意地悪をするのは、君だけだ」
「よ、くもまぁ…」
「ははっ、顔が赤い。照れているのかい?」
「いや、ちがっ」
「ふふふ、顔が真っ赤だ。まるで熟れた林檎みたいで…美味しそうですね」
「し、おばなくっ、」
「嗚呼……食べてしまおう」

 かぷりと唇に噛み付くと顔を赤くしたまま固まった名前さんが可愛らしくてしょうがない。
ぺろりと口唇を舐め上げて唇を離せば瞬き一つせず僕の目をじっと見つめている。
黒曜石を彷彿とさせる黒々とした目は僕とは異なる。
黒く艶のある髪の毛は僕と同じだけれど、なんだか違うものに見えて仕方が無い。
 丸く大きな目、形のいい小さな唇、小さくて可愛い鼻、整えられた眉毛。
他の人は皆同じに見えるけれど、彼女だけは何処か違うように見える。どこが、と詳しく聞かれると答えに窮するが違うものは違うのだ。
彼女を構成するパーツ一つ一つが愛しくて可愛くて、鼻の頭同士をくっ付けてぽそぽそと囁く様に話すとくっ付けた鼻先を離すことなくまたぽそぽそと返事を返してくれる。

「好きなんです、付き合ってください」
「突然すぎるよ…」
「告白なんて、今から告白しますと言ってからするものじゃあないでしょう」
「それも、確かにそうだけど…」
「僕が嫌いなんですか?」
「違うよ…でもそうじゃなくてさぁ、」
「好きか嫌いかの二択しか与えませんよ。いつ誰にとられるかとヒヤヒヤしてたんですから」
「ご、強引すぎるよ」
「でも、それでも嫌いじゃない」
「……汐華くんは魔法使いか何かなの?」

 ぽう、と頬を赤らめて視線を逸らした名前さんに笑いかけてずっと繋いだままだった手をきゅっと握ると少しだけ握り返してくれた。

「名前さん」
「…なあに」
「僕、幸せです」



オニキスの法廷/title 茫洋
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