「ねぇ、ほら見て。すごい綺麗」 ピタリ、と硝子に指を付けて魚を指し示す彼女の横顔を見つめながらそうだな、と相槌を打てば「見ていないじゃない」なんてむっとした顔をして俺を睨むけれど、全然怖くなんかない。 寧ろ可愛くて笑ってしまうと余計にむっつりとした顔をしてもう!と言って膝丈のスカートを翻し、俺から視線を外してまた魚を目で追い始める。 大人びた口調や雰囲気の割に子供っぽい性格をしたこの女は俺の大切な奴だ。柄にもないと思うけれど、事実である。 特別可愛い、綺麗、という訳ではないけれども、名前はそれでもその性格や、雰囲気からか人気を得ていた。 誰にでも当たり障りのない対応をするコイツは見えない所で他人と身内とで線引きをしていたのだ。 そんな名前を此方へと引き摺り出したのが、他でもないこの俺なわけで。 正直優越感を感じる。 名前の弱い所も、可愛いところも、何もかも。本音を曝け出してくれるのは俺だけだという事に優越感を感じずにいられるだろうか。 「ちょっと、もう…承太郎、見ないの?」 「あぁ…悪ィな。お前に見惚れてた」 「…キャラじゃないわよ。お世辞は要らない。」 「嘘じゃあねぇ…が、キャラに合わねェのは俺も承知の上だ」 「恥ずかしい人ね」 なんて言いながらもチラリと見えた耳は赤くなっていたし、視線はもう魚の方なんて向いて居なくてぼうっとしている。 こんな風に名前を翻弄出来るのも自分だけ。 くすりと笑って名前の頭を優しく撫でればチラリとこちらをみて、それからふんわりと笑った。 可愛くて綺麗な子供っぽい名前の手を引いてこの広い水族館から抜け出して、そうだな、海にでも行くか。 ぎゅっと繋いだ手は仄かに汗ばんでいて、俺もコイツも緊張しているのが分かって二人して笑った。 水族館を出て海へ向かう。 ヘルメットを投げ渡してバイクに跨り、後ろに名前が乗って腕を回されるのを待った。 少しして遠慮がちに回された細く白い腕に小さく笑んでその腕を引っ張り「そんなんだと落ちるぞ」と言ってやれば渋々深く腕を回して来た。 背中に当たる名前の頭がくすぐったくて運転しながら笑えば吃驚したのか承太郎?と訝しげな声で俺の名前を呼ぶ。 その声が気持ちよくて、柄にも無くもう一回、だなんて強請れば今度は優しい声で承太郎、と俺の名前を呼んだ。 「どこ行くの?」 「聞こえねぇぜ」 「どーこーいーくーのー?」 「あぁ…秘密、」 信号に引っかかって居るので少しは自由が効く。後ろを向いて俺にへばりついたままの名前に小さく笑って言ってやれば顔を赤くして馬鹿、と呟いた。 海までもうあと少し。段々と濃くなる潮の匂いに心が穏やかになるのが感ぜられた。 ちらりと後ろを見れば名前も笑っていた。 似た者同士と花京院に言われた言葉がふと、脳裏に蘇ってまたくすりと笑った。 曖昧シンメトリー/title 自慰 131129
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