!名前変換ほぼありません。 『ーー愛を探すという行為は簡単な事だけれど、愛を見つけるというのは困難である。』 昔、僕の隣に住んでいた女の人が言っていた。 その時の僕はまだほんの3歳だった。 あの頃は母の行動に振り回されながらも生きるのに必死だった。 よく思えば三歳児になんてことを言っているのだと思う。けれど、その言葉は強ち間違いではないと今では分かる。 「……愛を探すことは簡単だけれど、見つけることは困難である。」 「?はい…?」 首を傾げて両手に資料を抱えたフーゴはよく分からないという顔をして僕を見ている。 僕は柔和な笑みを浮かべて近所に住んでいた女の人が言った言葉だと言うと怪訝な顔をして資料を机の上に置いた。 大方フーゴは何故今、それを口にしたのかと思っているだろう。 僕もそう思う。ただふと思い出したのだ。 今の僕は愛を探すことも見つけることも出来るが、そう言ったあの女の人はどうなのだろうか。 冷たくなった紅茶を飲んで顔を顰めるとフーゴは苦笑いして新しいのに取り替える、と僕からティーセットを取り上げて扉の向こうに消えた。 「確か、彼女は名前さんでしたっけ。」 僕がまだ幼気な稚児だった頃、彼女はもう既に此方で言う成人間近だったような気がする。 顎に手を置いて記憶の海に浸り、数分して漸く当時の彼女との思い出を思い出した。 彼女があの言葉を言ったのは確か、僕が寂しいと泣いていた時だった気がする。 そうだ、彼女は元から人付き合いが苦手だった。 一つ思い出すとトントン拍子に、次々に色んな事を思い出した。 彼女は当時16歳の高校生だった。それから人付き合いが苦手でいつも不機嫌そうな態度だったと思い出す。 けれど肝心の顔と、声は思い出せなかった。 「ジョジョ、失礼します」 「フーゴですか、どうぞ」 失礼しますと頭を垂れて入ってきたフーゴにグラツィエ、と言うと少し嬉しそうに新しいお茶を注いでくれた。 どう思います、と問えばフーゴはポカンと間抜けな顔をして僕を見つめていた。そこで主語が抜けていた事に気づく。さっきの言葉について、と付け加えれば納得したように、ああ、と呟いた。 さてフーゴは何というだろうか。 「否定は出来ません。僕だっていつも幸せを感じている訳ではありませんし、何より幸せに思うことは少ない。もちろん、ジョジョ。あなたに仕えることが出来るのは幸せだと感じているけれど、」 「ああ、うん。それは理解しています。」 「そうですか…何を幸せと感じるかはその人次第ですが、恐らく、その女性はすぐ近くに幸せが有ると伝えたかったのではないでしょうか」 「そうなのでしょうか」 「ジョジョ、僕には分かりかねます。しかし人とは幸せを、喜びを、直ぐに忘れてしまう生き物だから。だからそんな事を言ったのではないでしょうか?」 「気付いて居ないだけで、本当は幸せである、ということですか」 「恐らく、僕の考えでは。当たり前の事を、ふとした時、幸せに思います。当たり前であることに喜びを感じます。きっとその事を言われたのではないでしょうか」 「そう、かも…しれません。彼女はもう、幸せの意味を知っていたのかも、しれません」 「そうですね」 「…彼女は、あの時16歳でした。そして僕は3歳で。もう13年も経ちます。僕は16で彼女は29だ。」 「16でそのような事を申し上げたのですか?でしたらその方は、えらく達観されていたのですね。」 「…そう、みたいです」 懐かしむように目を細めた僕の視界の端にはボロボロになった写真があった。 それは昔、ずっと昔、まだ日本に居た頃に彼女の母親が彼女と僕を撮ってくれた時のものである。 あの時彼女は泣いていた僕の手を握って真っ直ぐな目で言った。 そうして今、僕は幸せを見つけられる人間になった。 彼女は今、どこでどうしているのだろうか。 口下手な彼女の一言は今でも僕の心の根底に潜んでいる。
ハレー、きみを忘れない/title 茫洋 131125
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