確かに彼は怒りっぽくてすぐ怒鳴るし時には物に当たるわ勝手に怒って話も聞かぬうちに出て行ったり怖いよ。 素直に彼の短所について肯定を示せば目の前の男はゲラゲラと笑って「怖いとか言われてる!ヤバイ!」となにがヤバイのか分からないけれどそれはそれは楽しそうに笑っている。それはもう、笑っている。抱腹絶倒している。 ヒイヒイ言いながら目に溜まった涙を拭いて「それでも付き合ってる名前も馬鹿っていうか、阿呆っていうか」なんて言われて、一般的に考えるとそうかも知れないと考えて「そうかもね」とおざなりに返事を返せばまた身体をくの字に曲げてヒイヒイと笑い出した。 笑い過ぎて咳き込んでいるが、私には何が面白いのかさっぱりである。 今までの彼氏の行動を思い出してみるとそれはもう酷い。 好き嫌いは多いしちょっと放置すれば不機嫌になるし何かあればすぐに怒鳴る。まさにDV男じゃないか。 いつだったか彼と揃いで購入したマグカップを誤って割ってしまった時なんか酷かった。 愛着がわいていたし、何より彼とのお揃いだったけれど割ってしまっては元に戻らない。 悲しいながらも別のを使っていればそれを見た彼が激昂してお前ふざけんじゃねぇぞと暴れに暴れて遂には胸ぐらを掴まれて軽く首がしまった。彼は故意に割ったと思っていた様で誤解を解こうと話そうにも首がしまっていて話すに話せない状態であった。 段々と白んで行く視界の中で途切れ途切れに名前を呼んで、そこで視界はブラックアウト。 次の日起きれば新しい二つの揃いのマグカップと少しばかりばつの悪い顔をした彼が不機嫌そうに次は割るんじゃねぇぞと言うのでつい笑ってしまったらまた怒り出した彼を宥めて嬉しいよ、ありがとう、気をつけるね、割ってごめんねと謝れば舌打ちをしながらも優しく抱き締めて「昨日は本当に悪かった」と謝ってきたのだ。 そんな昔話をしてやれば目の前の男、メローネは唖然として、次にわたわたと忙しなく手を動かして早く別れた方がいいんじゃないかと言い出したので笑ってしまった。 これまた世間的に考えると別れるのが得策なのだろう。DV男と付き合うだなんてと同情の篭った視線を向けられそうだ。 そして私はまたおざなりにそうかもねと返事を返せばメローネは目をまん丸くして頭は大丈夫かと聞いてきた。 マスクを思い切り引っ張り手を離せばバチン!と痛々しい音が響き、ギャアッ!と悲鳴があがる。 目元を抑えてなにするんだよ!と怒るメローネに全然怖くないとせせら笑えば痛みもひいてきたのか流石ギアッチョの女、と笑いを込めて返された。 「そういえばこの前ギアッチョが買ってくれた指輪亡くしちゃったのよ」 「うわー!ギアッチョに言ったの?それ」 「勿論。気付いてすぐに言ったの。そしたらね、またギアッチョ激昂しちゃって」 「DV?」 「いや、無表情になって家からでてったのよ。泣きそうな顔に見えたわ」 「え、それやばくない?」 「やばい。もうこれは不味いわよ。私、ギアッチョに捨てられちゃう」 「てかなんでそんなにギアッチョ好きなの?」 「えー、内緒」 「ええー!内緒って可愛いけど聞かせてよー」 「長いわよ」 「ええ…まぁいいや、聞きたい」 目をキラキラと輝かせて鼻息荒く笑顔でそう言う彼を見て薄く笑う。 カプチーノに口をつけて少しばかり乾いてきた喉を潤して彼のことを思い出すように机に頬杖をついてそろそろと話し出した。 食い入る様に私を見つめる彼は楽しげでわくわくしている。 「ギアッチョって短気じゃない。怒りっぽいし。すぐ怒鳴るし、よく物に当たるなんてザラだし、たまに胸倉掴んできて首締まる。勘違いなんて日常茶飯事だし勝手に怒って怒鳴って出てってさ。人のこと考えないじゃない。それって凄く最悪て最低なことでしょ?クズだよね。いや、本当に。」 「ブフっ…!そんな風に思ってたの!?」 「まぁ、多少なりともね。ムカつくよ、確かに。マグカップ割っただけで胸倉掴むし、昨日はごめんって、ならやるなよみたいな。指輪だってご飯作るのに邪魔だもん。間違って傷つけちゃったら私立ち直れないし。」 「へぇー、大事にしてたんだ」 「当たり前じゃない!あの人怒るか食べるか寝るかゲームが殆どでプレゼントとか、そんなの、ほんと回数数えるくらいしかないのよ?」 「うわぁ…名前が不憫に思えてきたよ」 「でもね…ギアッチョね、本当は優しいのよ」 「ギアッチョが?優しい?」 「うん、本当に。馬鹿だから逆に分かりにくいんだけどね」 「ふぅん…」 それで?と続きを促すメローネを尻目にまた一口カプチーノを飲む。 少し冷えたカプチーノはなんだか不味くて思わず顔を顰めてしまった。 カップを弄りながら彼について喋る。 「あの人ってね、確かに沸点低いけど、悪いと思ったらちゃんと謝るのよ」 「あー、それは確かに」 「でしょ?それにね、私が言ったありがとうを忘れないのよ」 「"ありがとう"を忘れない?」 「そう。前にね、朝起きたらご飯作ってくれてた事があるのよ。トーストは所々焦げてたし、コーヒーもすんごく苦かった。スクランブルエッグも、ベーコンも焦げてるし。サラダは上手くできてたけど」 「サラダはできなきゃおかしいでしょ」 「うん。でね、私それでも嬉しかったの。あの人が朝食を作ってくれたのよ?不器用なあの人が。もう嬉しくって、飛び上がってグラッツェ、って言ったらね、うるさいなんて言って顔赤くしてたの。で、その日から今までずぅっと朝食を作ってくれてたの。」 「あのギアッチョが?」 「あのギアッチョが。今ではすっかり手慣れたものみたい。最高に美味しいんだから」 「へぇ、俺も食べてみたいな」 「今度いらっしゃいよ。仲直りしたらだけど」 「してくれよ、仲直り。ギアッチョと付き合えるのなんかアンタくらいしか居ないよ」 穏やかに笑って頬杖をついて言う彼に視線を向けて私も笑った。 そうだといいけれど。そう言って視線を外す。 ギアッチョは私がギアッチョの事を大好きだっていうのに気付いていないんだから、私だって如何すればいいのか分からないのだ。 好きだと言っても疑ってかかるし、抱きついたりしても機嫌取りかと不機嫌になる。 ならば私は一体如何すればいいのか。 溜まりに溜まった彼への思いをここぞとばかりにメローネに吐き出せば楽になるかと思い、私はまた口を開いた。メローネはどこか優しい眼差しで私を見ている。 いつか、彼もこんな表情をしてくれたことがあったと思い出した。 確か付き合いたての時だったかと思う。 今では如何だろう。怒った顔しか最近は見ていない。 私のせいだろうか。多分、そうである。 「あとね、仕事に行く時に玄関で見送ってくれた事があって、その時もグラッツェ、って言えば居る時は見送ってくれるようになったの」 「良妻かよ…」 「いってきますって言えばおう、しか言わないけど、その時って凄い柔らかい顔してるの。それ見るのが嬉しくってね。」 「なにそれ!俺も見たいんだけどギアッチョの優しい顔!」 「これは私だけの特権!他にも色々あるの。私が忙しい時は家の事サポートしてくれたり、遠回しに息抜きしようって言ってくれたり。分かりにくいけど分かりやすいのよ。」 「それで名前はギアッチョにメロメロメローネってわけですか」 「わけですわけです。」 そう真似て返すとメローネは何処から取り出したのか携帯電話を耳に当てて「だってさ、ギアッチョ」と言ってニヤリと笑った。 え、と洩れた声にメローネは酷く楽しそうな顔をして携帯電話を閉じて席を立った。 伝票を取ってじゃあねと優雅に手を降り、去って行く彼の背を追いかけようと私も同じように、しかし慌てて席を立てば後ろから誰かに抱きしめられた。 衝撃でぐらついてテーブルに手をつく。 誰だと振り向いて見えたのは鮮やかな水色で、私はすぐに彼だと分かってしまった。 そこからの私の行動は早かった。 きつく抱き締めるギアッチョの名前を読んで場所を移動しようと声をかけて、彼の腕を離し、そして指を絡める様にして手をつないで私達は裏路地へと入り込んだ。 裏路地に入った途端にまたきつく抱き締めてきたギアッチョの頭を優しく撫でて、ごめんねと謝ればギアッチョは何も言わず、ただ腕の力を強めた。 しばらくそのままでいればギアッチョは肩に乗せていた顔をあげた。 目は涙の膜で覆われていて、口は閉じているけど、唇は震えている。 眉間に皺を寄せて泣きそうな顔でそっと、囁く様に私の名前を呼んだ。 「名前、」 「うん、ごめんねギアッチョ」 「名前、名前」 「指輪、なくしてごめんなさい。わざとじゃないのよ。大事にしてた。外してたのは、傷をつけたくなかったの」 「おれ、」 「ギアッチョが折角私のためにくれたんだよ。大事にしないわけがないじゃない。」 「お、れ…っ」 「朝起きて、隣にギアッチョが居ないと寂しくて泣きそうなのよ。夜も抱き締めてくれないと眠れないし。どうしてくれるの?」 「…っ、ぅ」 「ギアッチョがいないと、もう私、生きていけないわ」 そう言ってギアッチョの頬に触れて、優しく撫でるとボロボロと流れる涙。 私はギアッチョが泣く姿を今までにも一度見たことがある。 その時は一人で泣いていたが、今は私がいる。 私の為に泣いてくれるギアッチョの額に、背伸びをしてキスをすればぎゅうっとまた力強く抱きしめられて、少し痛かった。 「責任取りなさいよ」「捨てたら呪ってやるわ」 そう言ってギアッチョの背に腕を回せば誰が捨てるかと泣きながら言われたので、ふふふと笑った。 「ギアッチョ、あなたいつも疑ってくるけど私本当に貴方が好きよ」 「…ん」 「いつも感謝してるの。私って昔から勘違いされやすかったの。クールとかドライとか言われてたの。それと、昔からちょっと抜けてるって言われててね」 「ん…」 「…ごめんね、ギアッチョ。グラッツェ。」 「オウ」 「大好き。愛してる。同じお墓に入るまで離してあげないわよ」 「同じ墓に入っても、だろ」 「ふふ、そうね」 お互いの顔を見合わせて笑えば、ギアッチョはいつかみたいな、柔らかい眼差しで私を見つめる。 勘違いでなければその眼差しは愛しいと語っていて、我ながらなんて自意識過剰なんだと内心笑ってしまった。 けれどそうして勘違いしてしまいそうなほど、今の彼の視線は柔らかく暖かい。 少しずつ近づいてくる顔をしっかりと見つめて、私はゆっくりと目蓋を閉じた。 唇に触れたその柔らかく暖かい感触は先程見た彼の眼差しに似て愛しいと訴えているようであった。 「一緒に指輪、探してね」 骨になる土になる そして僕等はようやっと一つになるのだ
title それがな弍か? 120813
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