照れ隠しに発した言葉はなんだったか、今ではもう思い出せないけどその言葉で普段大笑いなんてしない彼が体を折り曲げて大爆笑していたのはよく覚えている。
彼とは何の関わりもなく生きて、学校を卒業して何の関わりもなく別々の人生を歩むもんだと、勝手に思っていたから、初めて話してあれだけ笑われたのは衝撃的だった。

彼はいつもすましていてかっこ良くて頭が良くて、だから皆から好かれていたんだけれど如何せん態度があまりよろしく無いからか一部の人からは僻まれていたみたいだ。
あとから話してみて分かったけれど、彼という人物は思っていたよりも情に厚くて優しくて穏やかで、そして情熱的で真っ直ぐでそれでいて冷酷だ。そう考えると凄く人間味溢れていると思う。

しかし学校での表情は一つだけで、いつもツンとした、そう、不機嫌そうな顔をしているから。そんな人だなんて思いもよらなかった。それがいいか悪いかと聞かれたら、私は「私には関係ないわ」と切り捨てるつもりだけれど。
切り捨てたらまた彼はケラケラと大声で笑って体をくの字に折って、それから目に涙を浮かべて笑うのだろうか。分からないけれど、そうだといいなとは思う。だって私、彼のことが好きだから、色んな表情が見たいって思うのも、不思議じゃあないでしょう?

「そうだったんですか?」
「えぇ、もう、凄く。」
「…僕の事が好きなんですか」
「とっても。貴方って、話してみるとよく分かるんだけど、凄く魅力的なんだもの」
「そんなこと、」
「あるわよ。思ってもないのに謙遜する所も好きよ」
「分かりましたか?」
「勿論よ!どれだけ貴方のこと見てきたと思ってるの」
「堂々のストーカー宣言ですか。いや、それも中々。」
「思ってもないくせに」

クスクスと笑って私の目を見つめる彼ににっこりと笑んでやる。すると彼もにっこりと笑うから、格好良くてキュンとしてしまった。
理性をほんの少し抑え込みながら貼り付けた笑顔も素敵よと褒めて見せれば彼はそれすら見透かしているのか、またクスクスと笑って無理をしなくていいんですよ、と私の頭を撫でた。
突然のことで恥ずかしくて、顔を真っ赤にした私を見て声を上げて彼は笑った。
熟れたトマトの様に真っ赤な顔だと笑う彼のお腹に緩いパンチを繰り出せば軽々と受け止められてそのまま引き寄せられた。

軽い衝撃の後、ぼやける視界をクリアにすれば其処にあるのは愛しい彼の固くて逞しい胸板。
顔から火が出そうな程真っ赤な顔をした私の頭をゆったりと撫でながら、喉の奥でクツクツと笑い、まるでペットを愛でるかの様に優しく丁寧な扱いをする彼の胸板に額を擦り寄せるようにして顔を隠せば、今度は程良く筋肉のついた腕でその身を包まれる。

罠だと分かりつつも拒めないその作られた優しさに浸って、しかしそんな自分を嫌悪して、ひっそりと息を吐けばどうしたんですか、と柔らかな声で聞かれる。
何でもないわ、と首を降って返せば彼の手は髪の毛から降りてするりと耳をなぞり、輪郭をゆったりと撫でて頬に手を添えた。

ひゅ、と息を止めて少し上にある彼の顔を見つめればどこか悲しそうな、しかし愉しそうな、それでいて苦しげな曖昧な表情を浮かべて私の目を一心に見つめてくる。
私は声が出なかった。
何か言わねばならないと分かりつつも、喉は唾液を飲み込むことしか出来ず、言葉は喉の奥に突っかかって出ようにも出られない。
そんな私に出来たことと言えば、彼の手に己のを乗せる事だけであった。全くもって不甲斐ない。いつもの威勢は如何したのか、そう思うくらい、私は今情けない顔をしているのだろう。

「ジョ、ル…」
「名前、僕は今から一つだけ嘘をつきます。一つです。分かりましたね?」
「なん、」
「僕は、貴方が嫌いです」

目を見開いてジョルノの顔を穴が飽きそうな程見つめていれば、ジョルノは少し顔を赤くしてそっと視線を逸らした。
もう分かるでしょう、と。告げられた言葉の意味を咀嚼して生唾を飲み込んだ。
嚥下する喉を目で追うジョルノはいつものそれと似ている様でまるで違う、甘く柔らかな慈愛に満ちた笑みを浮かべて私の額にやんわりとキスを落とした。
おでこを抑えて瞬きを繰り返す。じんわりと揺れ行く視界のままにそんなまさかと首を振ればジョルノは優しく私の両頬を、その骨張り、ゴツゴツとした綺麗な手で包み込んだ。
鼻先が触れ合う程の距離。射抜かれる様に視線は交わったままである。
まるで三日月みたいに目を細めたジョルノは唇が掠るのも御構い無しに言う。

「名前が好きだ」

揺れる視界は遂にクリアになった。
頬は濡れて唇はわなわなと震え言葉を発せようと必死な顔は相当悲惨な物だろうと思考する。どうやら頭は冷静なようだ。

私のぐちゃぐちゃな顔を見つめて尚も柔和に微笑むジョルノの服をようやっと掴んで乞う様に言葉を溢せば笑みは更に深くなり私の視界は黒く染まった。
唇が温かい。

ぜんぶぜんぶあなたのものよ


「わたしも、すき」



title 自慰
130809
加筆修正 130913
 

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