そろそろ寝ようかと時計を見ながら布団に潜ったところで突然けたたましく携帯が鳴った。 なんだなんだと机の上に置いて居た携帯を引っつかんで見れば最近告白してきたあの人からの電話だった。 なんで、なんて思いながら電話に出れば開口一番「遅いです」とのこと。 暴君ですか。態とらしく敬語で返事をすれば「今から公園に来てください」と言われた。 チラリと時計を見れば深夜12時半前である。私たちの年齢で言えば補導される時間帯である。 馬鹿じゃないのと告げて電話を切ろうとすれば「来るまで待ってますから」と言われて電話が切れた。 来るまで待ってるって、何考えてるの。 ため息をついてもぞもぞと布団から抜け出して着ていたキャミソールと短パンを脱いでタンスから適当に服を取り出した。 この間990円で買ったTシャツにショートパンツを履いて携帯をポケットに突っ込んで部屋を出た。 静かに玄関に向かってサンダルを履いて出来るだけ、静かに。扉を開いた。 むわっと生温い風が頬を撫でた。急激に上がってゆく不快感もそのままに足を進める。 着いた公園のブランコに彼は座っていた。ブランコに座っても絵になるなんてどういうことなの。 思ったけれど口には出さず、ため息をまた一つついて彼の居るブランコの方へと向かった。 「補導されるわよ」 「されませんよ、バレないから」 「どこからくるの、その自信」 「僕はそんなミスしませんから」 「…あぁ、そっか」 隣のブランコに座ってキィキィ漕いでみると意外や意外、案外楽しい。 阿呆みたいにキィキィ言わせていれば初流乃はクスクスと笑って子供みたいだ、なんて言って私を見やる。煩い、馬鹿。言って、ブランコを止める。 「で、どうしたの」 「…別に、なんでもないですよ。」 「なんでも無いのに私を呼び出したの?」 「会いたかっただけですから」 「…眠るところだったんだけれど」 「ねぇ、」 「なぁに」 「僕が告白したの、ちゃんと覚えていますか?」 「……」 眉を下げて少し不安気に問うてくる彼の目を見つめて、それから視線を落とした。忘れるわけ、ないじゃない。独り言の様に言ってまたキィ、とブランコを鳴らした。 そう。短く返ってきた返事に続く言葉はなかった。 何を言えばいいか、新たな話題も浮かばず黙りを決め込んでいればキィ、と隣のブランコが鳴った。 顔をあげると私の前に立っている初流乃。その顔は真剣でとうとう期限が来たのかと私はまた顔を下げる。 ざり、と砂を踏みしめる彼の爪先を何と無く眺めていた。 「返事を、くれませんか」 「……」 「付き合ってください。貴方が好きです」 「私は、好きじゃない」 「好きじゃないのは自分自身でしょう」 「………」 「名前さんが好きです。貴方を守る人になりたい。貴方の側に居たいんです。僕と付き合ってください。」 「…駄目って、言ったら…」 「キスします。好きって言うまで、ずっと」 「馬、鹿じゃない、の」 「本当ですよ。好きって、付き合うって言うまで何回でもキスします」 「それって婦女暴行っていうのよ」 「それもアリかもしれませんね」 地面に片膝をついて私の顔を覗き込み、ねぇ、名前さん。そうやって私の名前を呼ぶ彼は本当に狡い人だと思う。 私が意地っ張りなのも、意気地無しなのも、貴方に思いを寄せているのも全て承知の上でこうして目を見つめてくるのだから質が悪いったらないと思う。 膝の上に乗せていた手をぎゅっと握られて、名前、なんて優しく慈しむ様に名前を呼ばれたらもう、抵抗なんて、出来ないじゃない。 歪む視界もそのままに初流乃、と丁寧にそっと名前を呼べば、はい、と少し微笑んで返事をしてくれる。 いつだって側に居てくれて、ことあるごとに私を心配してくれて、何もなければ笑いながらよかったと言って頭を撫でてくれる。 ドロドロに甘い愛を惜しむことなく与えてくれる。 そんな彼を、どうして嫌いになれようか。 「っ、初流、乃」 「はい、なんですか」 「はる、…す、き」 「はい」 「…っす、き、好き…大好き、」 「うん、僕も。名前が好きだ」 「はるの、ごめ、…っごめん、」 「大丈夫。こうして言ってくれたから、もう大丈夫ですよ」 「だ、いすきっ…!」 ボロボロと瞳から溢れる涙を目を細めて微かに微笑んで愛おしそうに見つめる彼はありがとうと呟いて私の頭を優しく撫でた。 大丈夫、泣かないで。そう言ってずっと頭を撫でてくれる初流乃の肩に頭を預けてありがとうと言えばクスリと笑んで僕の方こそありがとうと言う。どれだけ優男なんだ。だけど彼は優しいだけじゃなくて、強かで尚且つ狡猾である。そんな彼に強く惹かれたのは紛れもないこの私で。 胸からせり上がってくるこのどうしようもなく"愛おしい"という感情のままに彼の胸にしがみつけば、彼はただひたすらに私を抱き締めて抱き締めて抱き締めた。 かわいい愚図 愚鈍なお前をそれでも愛そう
title 秘曲 130805
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