!ちょっと注意

「お前は離れて行かないだろう」

ぽつりと零した言葉は闇に消えた。
返事はない。
あるのはそこはかとなく暗い闇と、それを薄ぼんやりと照らす小さな電球。
それから小さな体を更に小さく丸めてすやすやと眠る名前。
それだけだった。
それだけでよかった。

「お前は…俺の側から、離れないだろう…?」

切望にも懇願にも似たその問いに答える声はない。
なぁ。声を掛ける。やはり返事はない。
静まり返ったこの部屋の中で唯一の音は無防備な彼女の静かな、それでいて穏やかな寝息。
さらりと柔らかな頬を手の甲で撫でれば名前は小さく、くふりと笑んでまたすやすやと寝息を立てる。
頬から唇へ。手の甲から指先へと変えてそれをなぞればふっくらとした赤く色付いたそれは微かに開く。

「…名前、」

名前を呼んだ。
名前の主は我関せずとでも言うかの如く穏やかに嫋やかに寝息を立て続ける。
名前。もう一度名前を呼ぶ。
今度は反応があった。

「名前。」

三度目。今度は促す様に名を呼んだ。
彼女の睫毛は、それに応えるかの様にふるふると震えて、そしてゆっくりとその綺麗なオニキスの目をちらつかせた。
ぱしり、ぱしりとまだ幾分か眠たげに瞬きをする名前の額に掛かる髪の毛をそっと退かして浮き出た白い額におはようの意味を込めて、これまたそっと、唇を落とせば名前は「んふふ」と擽ったそうな声を出した。

「おはよう、名前」
「おはよう、ブチャラティ」
「よく寝ていたな」
「えぇ、とっても気持ちよかったわ。ありがとう、ブチャラティ」

んふふふ、と独特な笑みを漏らして礼を言う彼女の頬に、今度は掌を添える。
緩慢な動作で俺の手を、その上から包む。
あったかいわねぇ。間延びした声が耳に響く。
親指を動かして頬骨辺りを撫でた。
すると、名前は猫の様にその手に頬擦りをして嬉しそうにもっと、と態度でせがんだ。

「お前の頬は柔らかいな」
「そうかしら?気持ちいい?」
「ああ、食っちまいたいさ」
「噛み付くだけならいいわよ」

ふんわりと微笑んでいる名前の頬を両手で包み込む。
少し手を下にずらして、首筋に移動させ、露わになった頬にかぷりと噛み付けば名前はひひひ、と恥ずかしそうな声で笑った。
べろりと舌で頬を舐めれば、途端に固まって顔を赤くする名前が可愛くて、這わせたままの舌を耳へ移動して耳朶を甘噛みすればビクリと跳ねる肩に優越感を感じた。
耳全体をねっとりと舐め上げれば肩を震わせて耳まで真っ赤にして「ブチャラティ…っ!」と切羽詰まったように俺の名前を呼んだ。

「なんだ、名前」
「耳っ、やめて!」
「お前が言ったんだろう?噛み付くだけならいいってな」
「そ、れは…頬だけよ!」
「少し、黙れ」

噛み付くように唇を塞いでやれば赤い顔を更に、これ以上ないってくらいまで赤く染め上げて何処か淫靡な声を漏らした。
舌を使って唇を舐めたり絡ませたり歯列をなぞったりすれば蕩けた顔をしてきゅっと服の裾をつかんできた。
その行為がまた可愛くて、彼女の背中と腰に腕を回して引き寄せれば、ほら、簡単に腕の中へとやって来た。
その所為で離れた唇をそのままに彼女の耳元で小さく囁いた。
可愛い名前。俺だけの名前。
愛してるよ、名前。
いつになく柔らかい口調で言えば名前はビクと背筋を震わせて足から力が抜けたらしい、俺に寄りかかってきた。
あぁ、どうしてこうも可愛いのか。

「名前、」
「……」
「名前。」
「…なあに、ブチャラティ」
「お前は俺の側から離れて行かないだろう」

断定にも似た疑問を投げかければ彼女は面食らった様な顔をして、それから呆れた、と言った風に眉を下げてくっと片側の口角を上げた。

「離してくれないんでしょう」
「当たり前だ」
「なら、聞かなくてもいいじゃない」
「いいや、ダメだね。なぁ、離れて行かないだろう?」
「…行かないわよ。第一、貴方の所…ここ以外、いく宛もないもの」
「それもそうだな」

安心したからか、笑みがこぼれた。
そんな俺を見た名前は俺の頬をするりと撫でて軽いキスをしてきた。
名前からそういった行為をしてきたことが珍しくて目をしばたかせていれば困った様に眉を下げた名前がキスして欲しそうな顔してたの、貴方。なんて言うからなんだか恥ずかしくて名前の首筋に顔を埋める。

「なぁ」
「なぁに」
「…もう一回、キスしてくれないか」
「ふふ…分かった。ブチャラティ、こっち向いて」
「ん…」
「なんだか今日は甘えたね」
「…たまには、いいだろう」
「いつでも大歓迎よ」

嫋やかに微笑んで俺を魅了する名前の唇に噛み付く様なキスをして二人してベッドに縺れ込んだ。
現在午前1時半過ぎ。
夜はまだまだ、長い。

ややこしい

黙って私に甘えりゃいいのさ。



title それがな弍か?
130712
 

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