「ねぇ佐伯のテニスしてるとこ見たい」 名前のその一言で俺は夜にも関わらずテニスコートに来ていた。名前も勿論来ている。しかし相手はいない。 ジャージでいても寒い季節になってきたと息を吐いて名前を見れば暖かそうなモコモコのパーカーに身を包んでいた。羨ましいことこの上ない。 相手がいなけりゃしょうがないと壁打ちでも始めようとラケットを握り直した矢先、名前は「ねぇ」と声をかけてきた。 「なんだい」 「寒くないの?」 「寒いよ。でも動きにくくなるからね」 「そっか。ごめんね」 「いいよ、その代わりしっかりと見ててね」 「うん、勿論」 薄く笑った名前に笑い返して壁打ちを始めた。最初こそ名前の視線で集中し切れていなかったけれど、やって行くうちに段々と寒さにも慣れてきて、というか集中してきて体が熱くなっていた。 暫く壁打ちをしてそろそろいいかなとジャージで額の汗をぬぐいながら振り向けば名前はぽかんとした顔で俺を見ていた。街灯に照らされた名前の顔ははっきりと見える。 いつの間に買ってきていたのか湯気だつココアを手にしていた。隣には俺のために買ってきてくれたのかスポーツドリンクが置かれている。 可愛いなぁと思いながら笑えば名前は少し顔を赤くしてスポーツドリンクを持って立ち上がる。駆けよればお疲れ様、という言葉と共に手渡されるそれ。 「ありがとう」 「どういたしまして。それより、すごい。佐伯、すごかった」 「はは、そうかな?」 「そうだよ。ずっと集中してて、私が飲み物買いに行っても気付かないし。佐伯って凄い」 「ふふふ、ありがとう」 ふにゃりと笑って感想を言う名前が可愛くて、頭をなでれば少し恥ずかしそうに顔をうつむかせた。 可愛いなぁ。呟けば顔を赤くして肩を揺らす。 「ふふ、そろそろ帰ろうか」 「うん、ごめんね佐伯」 「いいよ、名前の可愛いわがままだから」 「可愛いって…ただのわがままなのに」 「名前のわがままなら可愛いもんだよ。それに、俺は名前にメロメロだから」 「メロメロって、佐伯古いよ」 「そう?じゃあ、ベタ惚れ?」 「あははっ!じゃあ私も、佐伯にベタ惚れだよ」 「はは、それはよかった」 他愛もない話をしながら帰路を歩く。繋いだ手が熱い。 名前は少し逡巡して、それから恥ずかしそうに視線を逸らしながら呟くように言う。 「佐伯、かっこよかったよ」 嬉しくて死んでしまいそうだ。 タイトルは舌様より 13.10.20
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