「くぬふらー、遅い。へーくしれー」 ペチンと軽くデコピンして私の顔を睨みつけるこの男は平古場凛という。 一言で言えば我侭。もう一言付け加えるなら気まぐれ。 この男は、よく言えば猫のような男であるということがこの十数年生きてきた中でわかったことの一つである。 ちなみに私はこの男の幼馴染で、いわゆる腐れ縁という奴。 あまり嬉しくないこの関係だが喜ばないとこの男は傲慢にも「くぬわんと幼馴染なんばぁ。喜ぶしかないやっさー。ほれ、喜べ」なんて無茶を言ってくるに違いない。 だから私は今日もこうして泣く泣くへこへこと頭を下げて嫌々ながらも彼の言葉に従うのだ、嫌々ながらも。 「なーに変な顔しちゅうさ、きも」 「あー、わっさんわっさん」 「謝る気ねーらんどー」 「ある、ありますので少々離れていただきたいのですが」 「断る。やーには拒否権なんかねーらん」 「…はぁ」 大きなため息を一つ落としてついでに肩も落とせば平古場は目線だけをこっちにやって上から下からをジロジロと私の体を見る。 いちゃし、と聞けばだっせー格好なんて言って鼻で笑うもんだからだったら私を呼び出すなと言ってやった。 流石にわざわざ出てきて服にまで口出しされて怒らないほど私の心は広くない。 かしましい、と言って不機嫌そうにも私腕を掴んで街に繰り出す。 ちなみに私の格好は半袖のTシャツにショートパンツ。それに適当に履いたサンダルというごく普通の格好である。 「何買うんばぁ」 「内緒やっさー」 「…ちゅーの平古場、変やっし」 「やーには言われたくねー」 ケラケラと笑いながらもいつの間にかつながれていた手にきゅっと力を込める。 手なんか繋いで、ダサい私と噂でも立ったらどうする気なんだろうか。 正直、私としては御免被りたい。 別に平古場が嫌いだからというわけではなくて、単に女子からの視線が痛いのだ。 「…なぁ、名前」 「んー?」 このアクセサリー可愛いな、と思いつつ貝殻を紐でつなぎ合わせたブレスレットを手に取る。 中々いい値段だ、と値札を見てブレスレットを元に戻し、視線を平古場に移せば彼は真剣な目で私を見ていた。 「…ぬーが?」 「やー、その平古場って、やめろ」 「は?」 「昔みたいに呼べよ。凛って、わんぬくとぅ」 命令やっし。そう言って視線を下げてしまった平古場に私はどうすればいいのか分からず、とりあえず邪魔になるからと彼の腕を引いて店から出た。 何気なしに腕から自身の手を移動させ、彼の手のひらを掴む。 ピクリと動いた指先を気にすることなく絡ませて、二人並んで歩く。 「なーんか、ちっちゃい頃に戻ったみたいさー」 「…ちっちぇ頃は、もっと引っ付いてたあんに」 「そうだっけ?」 「やーじゅんに忘れたんばぁ?わんぬ手ぇ引っ張って一緒に転んだりしたのによ」 「え、嘘!じゅんに!?」 「やっぱり、やーはふらーやさ」 「凛は酷いさー、そんなに言わなくてもいいあんにー」 「…わっさん」 珍しく素直に謝った凛に驚いて足を止める。 隣にいる彼を見てみればどこか遠くを見て悲しげな表情を浮かべ、そしてどことなく感傷に浸っているように伺えた。 「…凛?」 「なぁ、名前」 「ん?」 「わん、ずーっと言いたいことあったんばぁよ」 「ずっと言いたいこと?」 「ん。ちっちぇ時からずっと言いたかったことやっし」 「…なぁに」 「…しちゅん」 私の目をまっすぐ見つめる不安げなその目はどこか懐かしく思えた。 意図せずして熱くなる頬を隠すように私は彼から顔をそらして俯いた。 代わりと言ってはなんだが、つないでいる手に少し力を込めた。 真正面から突き刺さる痛いほどの強い視線。 なんとなく、そんな気はしていたのだ。 凛はいつだって気まぐれでわがままだ。 それでいてどこかしら馬鹿で、友達を失うと分かっていても素直に思ったことを口に出してしまうような人だった。 だからか、そんな凛がいつまでもずっと私に、変わらず接してくれていることに疑問を覚えた。 そして見つけた答えが、それだったのだ。 ゆるりと瞬きを一つして、それからまたゆっくりと顔を上げる。 不安げな目の奥に見える縋るようなそれは私をしっかりと捉えて離さない。 「…私も、しちゅん」 小さくはにかんでいつの間にやら素直に気持ちを伝えれば、彼はパッと明るい笑顔になり、私の腕を引きその逞しい腕で私を包み込んだ。 わん、断られると思ったさー。 少し掠れた声で耳元で言う。それが擽ったくて小さく身を捩れば彼は腕の力を緩めてくれた。 私だって最初は本当にコイツだけは好きにならないと思っていた。 けれど、いつの間にやら私の知らないところで勝手に育まれていた恋心に気づいたとき、私は今までの彼の優しさをしみじみと思い出してこういうところに惚れたのかと妙に納得した覚えがある。 「いつの間にかね、凛のこと、」 「…わんも、まじゅん」 「じゅんに?」 「オウ。ひっちーまじゅん居てくれるあんに、それで」 「凛、ひっちー意地悪やしが、たまに優しいから」 「わんはいつも優しいさー」 クスクスと笑って再び彼の顔をしっかりと捉える。 薄く色づいた唇に褐色の肌。 瞼を閉じれば彼の熱少しカサカサした唇と私の熱を持ったそれが重なった。 珍しいね貴方が泣くなんて 「やっと言えた」そう行って彼は私の存在を確かめるかのように今一度力強く抱きしめた。 タイトルは茫洋様より 13.01.06
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