「かっ、上木くん!」

HRが終わって早々と寮に帰ろうとしている上木くんに声を掛けた。
緊張して少しどもってしまったけれど、上木くんは気にした様子もなく何か用、とだけ返事をしてくれた。

「あのね、この前…その、上木くんが一人で居残り練習してるの見て、えと」
「…」

整った顔立ちの上木くんは、依然として表情を変えるでも、話を催促するでもなくただただ黙って聞いてくれる。
そのほんの少しの優しさが、素直に嬉しかった。

「その、なんて言うかなぁ…あ、そう!凄くかっこよくて、でもスタメンには入れないって聞いたから、その…」
「…―うん、」
「だからね、えっと…頑張ってね!」

頑張って、と言っても上木くんは何も言わなかった。
ちょっと、迷惑だったかなと思いながらそれだけ!と言って踵を返したのだけれど、前には進めなくて。
アレ、と思ったら上木くんに腕を掴まれていた。
上木くん?と声を掛ければハッとしたように私の顔を見た。

風に吹かれ木々がざわついている。
外の世界から切り離されたような感覚に陥り、時計の音がやけに大きく聞こえる。

「迷惑だった、かな…?あは、は」

この場を取り繕うように搾り出した言葉は少し掠れていて、なんだか恥ずかしかった。
上木くんを見れば、私の腕を掴んだまま何も言わず、ふるふると首を振ってありがとう、と呟いた。
迷惑じゃなかったということと、ありがとうと言ってくれたことに感動して私は笑った。
どういたしまして、と言えば上木くんも小さく笑ってくれた。
気付けば、腕は離されていた。

「じゃ、そろそろ寮に帰るね。また明日ね、上木くん」
「あ、待って」

そろそろ帰って勉強でもしようか、とまた明日と声を掛ければ待ってとまた腕を掴まれた。
なんだろう、と首を傾げていればぐい、と強く引かれて上木くんに抱きついてしまった。
あまりの恥ずかしさにおめん、ごめんね!と何度も謝っていればちょっと黙って、聞いてと言われた。
言われるがままに黙り、真っ赤な顔を隠す為に顔ごと視線を右斜め下に向ければ葉っぱが落ちていた。
風で入ってきたんだろうな、と思っていたら上木くんが私の頬を両手で優しくはさんで無理やり目を合わせられる。

真剣みを帯びた、凛々しいその瞳に見つめられて心臓がどくりと跳ねた。

「僕がなまえのこと、インターハイに連れてったげるよ」

それだけ囁いて、上木くんはじゃあねと言って寮に帰ってしまった。
あぁどうしよう、それは反則なんじゃないかなと思いながら両手でパタパタと真っ赤であろう顔を仰いでいれば後ろから不破くんがきて、なしたー?と聞いてきた。
なんでもないよ、と答えれば顔真っ赤だべ!と言って私の顔を指差して笑った。
やっぱりか、と思っていればさっきの上木くんのことを思い出して更に顔が熱くなった。
トマトみたい、といって未だにゲラゲラと爆笑する不破くんの頭をばしりと叩いて走って寮に戻った。

夢中になりそうな予感

(甘美な恋に酔い痴れた私、要約すると思うツボ。)
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タイトルはフライパンと包丁様にお借りしました。
 

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