卒業の歌、友達の歌 | ナノ
教科書忘れた



 椅子が勢いよく引かれる音が教室に響く。1人が立ち上がると数人が時計を見て教科書を取り出し、同じように椅子を引く。授業の5分前にはよく見られる光景に響希も大人しく教科書を取り出した。理科は生物、科学、地学のどれかが取れる。響希は天文関係が学べると信じて地学、翔流は大学生レベルの数式でも解けるほどに数学が得意なので化学、将吾は無難に生物を取っている。もちろん教室は別だが階が違うだけで配置は同じなので大体3人で行くことが多い。
 何が悲しくて野郎3人仲良く教室移動してるんだ、などと友情という美しい言葉を一蹴することを考えながらノートを他の教科のものと間違えていないか確認する。

「何かしくじったような顔をしてるな」

 淡々とした愛想のない声に響希は顔を上げる。顔を見なくても十分にわかるほどだが、一応確認のために視界相手の顔をいれた。声と同じくらい愛想の無さそうなそれなりに眉目秀麗な顔が視界に入った。

「言うな友よ」

「お前こそキモイことを言うな、あとさっき後ろの女子がお前のことをイイとか言ってたぞ」

 まるで心を見透かしたかのようなセリフだが、響希には残念なことに恋の何とやらの声には一切聞こえない。

「後ろの女子っつったらどうせ中島あたりだろ?やだよあんなケバイの、青春を共に謳歌するならもうちょい清楚なほうが良い」

「たしかにな」

 まさに苦いものでも食べたあとのような顔をすると将吾が珍しくわずかに笑った。響希の顔が面白かったのか言い回しが面白かったのかは定かではないが、将吾に好意を持つ女子にその話を吹っかけたらどれくらい盛り上がるだろうかと算段を立てる。それが自分の話題ではないのがひどく残念ではあるが仕方ない。
 あ、俺、泣きそう。

「・・・楽しそうだな」

 泣きそう、と思ったら本当に泣きそうな声が後ろから聞こえてきた。振り返ってみると声と同じくらいしょぼくれた顔の翔流はさっきの響希とは比べ物にならないくらいに苦い顔をしている。

「・・・どしたよ?」

「・・・マジ泣きそう」

 腐っても17歳日本男子とは思えない言葉に将吾は呆れたような目をしている。響希も驚きはしないが、本当に泣きそうな顔になっている友人相手に詳細も知らずに呆れることはできない。将吾はしょうがないと言わんばかりの様子で言葉を投げかける。

「はやく他のクラスの奴から教科書借りて来い」

 と、あっさり言った。言われて見てみれば翔流の手にはノートと筆箱そして端の欠けた下敷きしかなく忘れたら「何のために学校に通っているんだ」と叱られる可能性の高い教科書がない。あの顔と声の理由はこれらしい。だが教科書を忘れただけでこんな顔をする男子が存在して良いものなのだろうか。ていうかどんだけ気が弱いんだ。

「もう5分もねぇし」

「7組の奴なら教科書持ってるだろから、さっさと行ってこい」

 ぐずぐずするなというセリフは言わなかったが目線でそう言っている。ちなみにすでに4分ないので置いていくことは決定事項である。面倒くさそうな顔をしつつ、だが教科書がないと授業にならないことを知っている翔流は小さく「おう」と言うと走って7組に行った。その様子を見ながら響希は将吾に声をかける。

「まるで母親みたいだな、将吾クン」

「せめて父親と言ってくれ」

 自覚はあるらしい、溜息を吐きながら歩き出す。響希もそれに倣い大人しく着いて行った。






「・・・教科書は何とかなったけど、授業は遅れた・・・」

「だろうよ」

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補足:1階科学教室・2階生物教室・3階物理教室・4階地学教室




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